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DDDDD〜ディーゴ〜

Episode 3 真逆の真実(第1話)
医師の本分

2017/01/02
尾崎晋平
【前回までのあらすじ】

 江戸大学病院の医師、ディーゴとジョージ、レイカは、4月に循環器内科で初期臨床研修をスタートさせたばかりの1年目医師。次々に巻き起こる事件を医局という閉鎖空間で解決するために知恵を集結させる研修医達。イケメンで頭脳明晰なジョージ、医師ネットワークサービスを提供する会社の社長令嬢レイカ、江戸大学のスピーカーの異名を持つ宮沢、そして学生時代は医学生とエンジニアの二足のわらじを履いていたディーゴが力を合わせ、医師限定の遠隔相談サービスアプリ「ディーゴ」を完成させた。
 様々なヒントを駆使して、2カ月間の循環器内科で2つの事件を無事解決したディーゴたち。6月からは、消化器外科での研修が始まる。



※これまでのお話はバックナンバー欄からご覧ください。

 6月6日月曜日。初期研修医になって3カ月目に突入した。僕、出井大吾と、研修同期の寺西ジョージ、早乙女麗華の3人は、今月から消化器外科に勤務することになった。
「よし、外科ではいっぱいオペに入って、腕を磨くぞ!」
 いつもはクールなジョージの鼻息が珍しく荒い。ジョージはその優秀さゆえ、循環器内科でも3人の中で最も輝いていたが、そもそも学生時代から外科を志望していたのだ。
 一方レイカは、「私は分子標的薬について詳しく勉強したいな。治療中の全身管理を学びたい」。静かだが、こちらも燃えている。
 なぜレイカが消化器外科で分子標的薬について学ぼうとしているかというと、ここ江戸大学病院には腫瘍内科がないため、消化器外科が癌の化学療法までを担っているからだ。「手術をするだけが外科ではない」という石井洋輔教授の信念の下、消化器以外の癌の診断・治療も行っているためにカバーする疾患の範囲がかなり広く、勉強にはもってこいの環境となっている。江戸大学消化器外科が分子標的薬のメッカといわれるゆえんだ。

(イラスト:司馬サヤカ)

 そんな守備範囲の広い消化器外科のもう1つの特徴は、カンファレンスを毎日行うこと。カンファレンスは毎朝8時半から約1時間行われる。1時間といっても人数が多いため、循環器内科のカンファレンスと同様、セカセカと進んでいく。初日に初期研修医の自己紹介の時間が設けられたが、1人20秒ずつという厳しい制約が与えられていた。
 カンファレンス前半では、手術チーム、内視鏡チームが矢継ぎ早に患者の状態を共有する。一方、後半の分子標的薬チームは、患者1人ひとりについてじっくり時間をかけて話し合う。チームによってスピード感が全然違うのだ。入院患者数や平均在院日数の違いが主な理由かもしれないが、それ以上にチームを束ねる医師の性格が反映されている印象がある。

 カンファレンスの最後に僕達研修医の予定が石井教授から発表された。

「初期研修医の3人は、2カ月間、消化器外科の研修を頑張ってください。今月は分子標的薬チーム、そして来月は内視鏡チームを回ってもらいます」
 その言葉に、ジョージが即座に反応する。
「オペには入れないのですか?!」
 ショックを隠しきれないジョージに対し、石井教授は「全身管理や内視鏡も必要だよ。手術するだけが外科ではないんだ」と諭すように語りかけた。一口に外科の教授といっても、手術至上主義の人もいれば、手術以外のところに目を向ける人まで、いろいろいるのだなと感じる。そういえばこの前、石井教授は何年か前に大腸癌予防を啓発するゲームを監修したことがあると聞いた。外科医の中では、石井教授のような医師は変わっている方なのかもしれない。

 カンファレンスが終わり、分子標的薬チームのトップである消化器外科先端医療部門長の細田茂樹先生が僕たちに話しかけてきた。
「今日は新規の患者さんもいないし暇だよね。僕が院内を案内してあげよう。初期研修医はいろいろな部門とつながりを持っていないといけないからね」

 細田先生は、江戸大学の情報システム学科を卒業した後に医学部に入り直したという異色の経歴の持ち主だ。その経歴を買われてか、情報システム戦略室室長というもう1つの肩書を持つ。「異色の経歴」といっても、それは「細田先生の世代では」という話だ。僕らの世代では、他の学部を卒業して医学部に入り直す、いわゆる再受験生は珍しくなくなってきているのが現状だ。大学によっては、1学年の2割以上が再受験生というところもある。
 細田先生のすごいところは、医師でありながら江戸大学病院の電子カルテの最高責任者というところだ。電子カルテは、専門の業者からシステムを購入するのが一般的だが、江戸大学病院では細田先生を中心とした院内チームが全て自前で作りあげ、保守まで行っている。
 システムの一番の特徴は、全ての検査結果や画像データ、処方情報を匿名化して抽出できるようになっていること。匿名化されるため、これらのデータを手軽に解析できるようになっているのだ。院内でいろいろな切り口で研究できるだけでなく、この「ビッグデータ」は各種研究機関や製薬会社に“売れる”。こうしたことから、『情報システム戦略室』が院内で一番の稼ぎ頭という噂もある。総合病院なのに医療情報部門が最も黒字を出すなんて、他ではまずあり得ない。
 細田先生は、CT室、MRI室、シンチグラフィ室、カテーテル室、リハビリ室など、病院内を案内する道すがら、電子カルテの仕組みから各部門に導入する時の苦労話まで詳しく教えてくれた。細田先生の電子カルテにかける情熱だけは十二分に伝わった。

 最後の案内先である検体検査室に向かう廊下で、細田先生が「今日の説明で何か質問はありますか?」と問いかけてきた。
 間髪を入れず、アンチIT派のジョージが手を挙げた。
「1つ気になるのは、セキュリティー面です。電子カルテに入っている医療情報というのは最も重要な個人情報です。それを匿名化して医学研究に活用するのは素晴らしいことですが、万が一どこかから情報が漏洩した場合、その重要な個人情報が全て漏洩してしまうのではないのでしょうか?」
 ジョージの質問に、細田先生は笑顔で対応する。この人の笑顔はビジネスライクだ。
「寺西先生、とても良い質問ですね。その通り、電子カルテに紐付く情報は絶対に漏洩してはいけない個人情報の宝庫、最高機密データです。私もその点は重々承知しています。まず、当院の電子カルテのパソコン端末には全てカメラがついているのは気づきましたか? あれで1分毎に顔認証しています。途中で違う人に入れ替わった場合にはすぐに電子カルテが切り替わるようにしているのです。余談ですが、顔認証技術を使って表情を読み取りメンタルヘルスに使えないかについても実証実験中です。抑うつ傾向や過労をいちはやく察知して、早めに対応するわけです。当院のカルテには、もう1つ特徴があります。実は江戸大学病院の電子カルテには医療情報は何も入っていません。カルテ記事さえもクラウド上に保存されています。そしてそれぞれにIDが振り分けられ、独自のアルゴリズムで連結させています。つまり、ある特定の部署の情報データベースが悪意をもってハッキングされたとしても、芋づる式に全て情報が漏洩するということがないわけです」

 僕のエンジニアの性(さが)か、頭の中で図解してみた。おそらくこんな感じだ。

 クラウド上で管理して独自のアルゴリズムで管理することで一部のデータが流出したとしても、他のデータにアクセスできないようになっているようだ。
  
 そんなことを話しながら歩くうちに、検体検査室に到着した。中に入ると見覚えのあるツンツン頭が目についた。部屋一番奥にある、他と比較して各段に大きなパソコンの前に座っているのは、宮沢だった。

※「DDDDD~ディーゴ~」は毎週月曜に掲載します。

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著者プロフィール

尾崎晋平(ペンネーム)。循環器内科医。執筆活動以外にも、医療機器の開発や臨床研究、遠隔診療など、興味を持ったものにはなんでも挑戦。

連載の紹介

DDDDD~ディーゴ~
江戸大学病院で初期研修をスタートしたディーゴ、ジョージ、レイカの3人が、次々に事件に巻き込まれていく。先輩医師の助言やIT技術を駆使し、トリックを暴いていく医療ミステリー。

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