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DDDDD〜ディーゴ〜

Episode 2 すっぱいぶどう(最終話)
彼女は「知ってしまった」

2016/10/31
尾崎晋平

※これまでのお話はバックナンバー欄からご覧ください。

 角野さんの家を捜索すると、メモ帳が発見された。内容は、急変後の対応についてだ。何度も見返したのか、メモ帳はグチャグチャになっていたそうだ。思い返してみると、角野さんの急変時の対応と発言内容は毎回ほとんど同じだった。つまりマニュアル化されていたのだ。

 想定して練習を重ねることで急変時の対応を頭と体に叩きこむことは非常に大切なことだが、その急変自体を自らの手で作ってしまっては大問題どころか、犯罪だ。しかも、形式的な練習しかしていなかったため、本物の心筋梗塞を目の前にしたときには何もできないままだった。結果的に、そのおそまつな対応がジョージに違和感を抱かせ、解決の糸口になったのだった。

 事件の犯人は分かったが、実は1つ、分からないままのことがあった。
「インスリンがどのように体内に投与されたのか」
 それについては角野さんの自供で明らかになった。
 CVカテーテルの手技の最後に、カテーテルの中を生理食塩水でフラッシュする。カテーテル内に残った血液が凝固して血栓になり、塞栓症になるのを予防するためだ。角野さんは、そのフラッシュ用の生理食塩水にインスリンを混ぜていた。そのため、毎回手技終了直後に急変したのだ。

(イラスト:司馬サヤカ)

「ちくしょう。ってことは、手技をしていた俺が体内にインスリンを投与していたってことか」
宮沢の口が一段と尖っている。しかし、悪意の細工を現場で確認することは困難なため、仕方がないことだろう。
「それにしても、なんで血液検査の血糖値は正常域だったのかしら。インスリン投与後にブドウ糖で意識が戻ったのは分かるけど、あの数値では意識障害にはならないよね?」
「そういえばそうだね」
 レイカの言う通りだ。確かに、血糖値71は、基本的に意識障害を引き起こすほどの低血糖ではない。
「おいおい、ディーゴ。それ本気で言ってんのか? 採血のタイミングを考えてみろよ」
「タイミング??」

 宮沢に言われて、僕は改めて角野さんの急変後の対応を思い返してみる。CVカテーテルの手技が終わった直後、患者さんが急変する。看護師である角野さんは、テキパキとバイタルサインを計測したり点滴を入れ替えながら院内PHSで連絡する。CT室からすぐに入室OKとの返事をもらい、急いでストレッチャーに移乗して直行する――。
「あれ? 採血はいつしましたっけ?」
「そういえばCTやMRIなどの全部の画像検査が終わった後だな」
 ジョージが目をつむりながら付け加えた。
「採血のタイミングも含めて、全て角野さんの計画通りだったということか」

 つまり、こういうことだ。
 手技終了直後の急変なので、まずは手技関係の合併症が疑われる。しかも、看護師である角野さん自身が迅速にCT室やMRI室に連絡をすることで画像が先に撮られ、血液検査はその後、ということになるという算段だったようだ。画像検査の間、つないでいる点滴内に高濃度のブドウ糖を混入することで、患者は低血糖状態から脱する。見事に角野さんの作戦通りに事が進み、血液検査をする時には意識も戻り血糖値も正常範囲になっていたということだ。
 意図せず片棒を担がされてしまった宮沢が悔しがるのを、僕らは黙って見ているしかなかった。

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著者プロフィール

尾崎晋平(ペンネーム)。循環器内科医。執筆活動以外にも、医療機器の開発や臨床研究、遠隔診療など、興味を持ったものにはなんでも挑戦。

連載の紹介

DDDDD~ディーゴ~
江戸大学病院で初期研修をスタートしたディーゴ、ジョージ、レイカの3人が、次々に事件に巻き込まれていく。先輩医師の助言やIT技術を駆使し、トリックを暴いていく医療ミステリー。

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