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DDDDD〜ディーゴ〜

Episode2 すっぱいぶどう(第6話)
また起こった意識障害、ジョージが渡したものは

2016/10/24
尾崎晋平

 ジョージが角野さんに渡したもの。それは、簡易血糖測定器だった。
しかし彼女はそれを持ったまま微動だにしない。見かねたジョージは角野さんの手から測定器を奪い取り、意識のない宇野さんの指先に穿刺器を押し当てた。

 5、4、3、2、1 ピピピッ

 表示されたのは「Low」の文字だった。この測定器で計測できるのは30mg/dL以上なので、現在、宇野さんの血糖値は30mg/dL未満ということになる。意識障害が出て当然の低血糖だ。
「え? 低血糖!?」
 術者である宮沢は、さっぱり意味が分からないという表情だ。
 今度はレイカに目で合図する。レイカは僕の方を見て頷くと、 「ブドウ糖20mLを投与します」 と言いながら点滴のルートの側管からブドウ糖を投与した。その後はみんな言葉を発することなく、ただただ宇野さんを見つめていた。

 3分程経過しただろうか。宇野さんの意識は、全く戻る気配がない。いや、それどころか昏睡状態で四肢が小刻みに震え出した。
「レイカ、さっきのブドウ糖は何%だ?」
 しびれを切らした宮沢が発した言葉で現実に引き戻される。
「5%ブドウ糖を20mLです」
 一瞬で宮沢の顔が引きつった。
「そんな量で、重症低血糖が戻るわけないだろ。誰かすぐに50%ブドウ糖20mL持って来い!」
 即座にジョージが走りだす。と、そこで出口のところに立っていた江頭先生が白衣のポケットから何かを取り出してジョージを呼び止めた。
「これ、50%2本」
 そう言ってジョージに50%ブドウ糖20mLを2本渡すと、江頭先生は部屋から出て行った。
「ジョージ、それをこっちに渡してくれ。50%ブドウ糖は、末梢血管から投与すると静脈炎を引き起こすかもしれないからな」
 宮沢が、今入れたばかりのCVカテーテルからブドウ糖を投与する。用意していた2本を投与したところで、宇野さんの顔色は徐々に良くなり、意識レベルも回復してきた。
「宇野さん、分かりますかー? 手術、無事に終わりましたよ」
 この緊迫した場の空気に似つかわしくない、まったりした声で宮沢が話しかける。宇野さんから返事があり、麻痺がないことを確認できた。
「バイタルサインと血液検査をお願いします。血中インスリン濃度も。そして、今ここにいた人はカンファレンス室に集合。金子教授には俺が連絡する」
 そう言い残し、宮沢は部屋を出て行った。


 場所をカンファレンス室に移し、宮沢が経過を説明する。
「今日、肺高血圧症で入院中の宇野さんの中心静脈カテーテルの手技中、また意識障害が発生しました。その場で血糖値を測定したところ、30未満でした。ブドウ糖投与で速やかに意識レベル改善しています。原因を精査するために血中インスリンやアミラーゼを提出していますが、まだ結果は出ていません。現時点で説明できることは以上です。ディーゴ、いや出井先生、何か付け加えることはありますか?」
 突然宮沢から振られたが、何も準備していない僕は首を横にふるのが精一杯だ。しばし沈黙。その沈黙を破ったのは、角野さんの声だった。
「私が…しました。私が、インスリンを混入、しました。ごめんなさい。ごめんなさい…!」
 絞りだすようにそう言うと、後はただただむせび泣くのみだった。その後は何を聞いても「ごめんなさい」としか言わない。そのまま、カンファレンスは終了となった。

※「DDDDD~ディーゴ~」は毎週月曜に掲載します。

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著者プロフィール

尾崎晋平(ペンネーム)。循環器内科医。執筆活動以外にも、医療機器の開発や臨床研究、遠隔診療など、興味を持ったものにはなんでも挑戦。

連載の紹介

DDDDD~ディーゴ~
江戸大学病院で初期研修をスタートしたディーゴ、ジョージ、レイカの3人が、次々に事件に巻き込まれていく。先輩医師の助言やIT技術を駆使し、トリックを暴いていく医療ミステリー。

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