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DDDDD〜ディーゴ〜

Episode2 すっぱいぶどう(第5話)
低血糖には唐揚げラリアット

2016/10/17
尾崎晋平

 第2回のディーゴ飲み会は、今夜20時開始となった。白石さんが日勤なので少し遅めのスタートだ。
 僕たち3人は病院で待ち合わせをし、居酒屋「ビート」に向かった。店に着いて看板を見たレイカが「あっ」と小さく声を挙げた。
「どうしたの?」
 僕の質問に、言いにくそうに答える。
「ここ、知り合いの先生の店だったから…」
 医師が経営する居酒屋とは、初めて聞いた。
「誰?」
「放射線科の教授の山田剛(たけし)先生。昔から副業で居酒屋を経営するのが夢だったみたい」
「へー、面白いね。何でそんなこと知ってるの?」
「うん、ちょっとね…」
 なんだかこれ以上は話したくなさそうだ。非常に気になったが、詮索するのはヤメにした。
 ちなみに、放射線科の山田教授は、現病院長である循環器内科の金子教授とは別派閥で、お互い犬猿の仲だという。
 そこへ白石さんがやって来た。レイカは「助かった」と言わんばかりに「宮沢先輩はいつ来るか分からないから、先にビール注文しちゃいましょう」と言って店員さんを呼んだ。やはり、さっきの話題についてあまり触れられたくないのだろうか。

 30分程遅れて、宮沢が到着した。第2回ディーゴ飲み会が本格的にスタートする。
 話題は、自ずと今日参加予定だった看護師、角野さんのことになった。今週、病棟で起きた2回のTIAの時の対応が良かったこともあり、宮沢の評価はかなり高いようだ。白石さんは同期が褒められているのを聞いてうれしそうだ。
 しかし、ふと思い出したように宮沢が呟いた。
「でも、昨日の心筋梗塞の対応は良くなかったな」
「何があったんですか?」
 白石さんの質問に宮沢が答える。
「うん、昨日入院中の人が心筋梗塞になっちゃったんだけど、角野さんが担当で、ベッドサイドにいたのに、フリーズしちゃってさ」
「そっか…」
 うれしそうな顔をしていた白石さんの表情が一気に曇った。さらに宮沢は続ける。普段はあまり他人の批判をするタイプの人ではないのだが、お酒が回っているからだろうか。
「新人の看護師によくあることだけど、集中治療室勤務だったんだから初期対応くらいはできると思ったんだけどねー。循環器疾患に慣れてきたら大丈夫なんだろうけどさ」
 一呼吸置いて、白石さんは角野さんについてポツポツ話し始めた。

 実は角野さんは、集中治療室で一緒に勤務していた頃に患者さんの急変時に動けなくなることが何度かあり、問題になっていたという。通常の業務は完璧にこなすが、予想外の出来事が起きるとフリーズしてしまう。本人もそのことを気にして精神的に落ち込んでしまい、数カ月仕事を休んでしまったこともあった。そんな彼女が4月から急変や急患の多い循環器病棟勤務になったため、白石さんは心配していたそうだ。
 TIAの時に完璧に仕事をこなす姿と、心筋梗塞に何もできなくなってしまう姿。本当に、同一人物とは思えない対応の違いだった。これは、単に循環器疾患にまだ慣れてないだけなのだろうか。

 その後はみんな順調に血中アルコール濃度が上がり、例によってグダグダの飲み会になった。特に宮沢の酔い方はひどい。今週、自らの手技中に急変が続いて心身ともに疲労が溜まっているのだろう。その口からは「ここだけの話だけどな」と決まり文句の後に続々と暴露話が飛び出し、「江戸大学病院のスピーカー」という名前に恥じない勇姿を見せた。1時間程マシンガントークを続けていたが、徐々に呂律が回らなくなり、突然その場に横になった。
 目を閉じたまま、「低血糖やでー低血糖やでー」と連呼している。それに対し「はい、ブドウ糖よー」と言いながら真っ赤な顔の白石さんが唐揚げを3個も口に詰め込む。この人もかなり酔っているようだ。
 患者役の酔っぱらいは、唐揚げを頬張りながらふらふらと起き上がった。
「まだ寝てなさーい! 次はブドウ糖注射よー、そーれ!」
 茹でダコのように真っ赤な顔をした美女がラリアットをくらわせる。首にクリーンヒットし、宮沢はゴツンと頭蓋骨と床のぶつかる生々しい音をさせながら倒れた。それを見て白石さんはゲラゲラ笑っている。そんな光景を青い目でジッと見つめているジョージ。いったい何を考えているのだろうか。
「血糖値かー。そういえば、アプリで血糖値についてのコメントが多かったよね」
 僕はアプリDDDDDを再度開き、読み直してみる。

空腹時? 血糖降下薬飲んでるのかな。
5/13 18:51 ミスター3時前


血糖値が低めですね。でも意識障害が出るような数値ではないですね。
5/13 19:20 肥後モン


 今回は、DDDDDによる集合知では有用な情報は得られなかったようだ。
 僕のつぶやきが耳に入っているのかいないのか、ジョージは僕の手元のスマホ画面をチラリと見ながら、ブツブツとつぶやきはじめた。
「意識障害…低血糖…。ブドウ糖…注射…ん?」
 突然、何かに気づいたかのように突然顔を上げると、僕のスマホを奪い取る。
「血糖降下薬を飲んでいるわけでもないのに、低めの血糖…? 意識障害が出るような数字ではない…!」
 そう言ったかと思うと、青い目をカッと見開き、あのフレーズを口走る。
「Evidence breakes malice!」

※「DDDDD~ディーゴ~」は毎週月曜に掲載します。

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著者プロフィール

尾崎晋平(ペンネーム)。循環器内科医。執筆活動以外にも、医療機器の開発や臨床研究、遠隔診療など、興味を持ったものにはなんでも挑戦。

連載の紹介

DDDDD~ディーゴ~
江戸大学病院で初期研修をスタートしたディーゴ、ジョージ、レイカの3人が、次々に事件に巻き込まれていく。先輩医師の助言やIT技術を駆使し、トリックを暴いていく医療ミステリー。

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