先ほどの式を踏まえて、医師のキャリア形成を戦略的に考えるとどうなるでしょうか。キーになるのは「社会貢献性」の項目です。まずは以下の3点を押さえておきましょう。

・「社会の流れ」を押さえてニーズをつかみ
・「マーケット」を見て、貢献できる規模感と自分の価値観をすり合わせた上で
・「適度なリスク」を取って先行者利益を得ること


 「社会の流れ」とは例えば、今の専門医制度の枠組みの中にはまだ入っていないけれど、明らかに社会的な必要性が大きい領域は何かを考えます。国際的な潮流や診療報酬改定の目玉になるような領域がヒントになるでしょう。

 次に「マーケット」を見てみましょう。キャリアにおける「マーケット」とは、主に「規模」と「需給バランス」になります。具体的には、興味を持った領域の主要な疾患の患者数や増減を考えてみることです。例えば、癌も白内障も認知症もどんどん患者数が増えていく疾患ですが、白内障は約100万人、認知症は軽度認知障害(MCI)も合わせれば800万人です。疾患の規模に対して、ケアの担い手が少なければ、「需給バランス」が崩れているので相対的なニーズは高く、そこに参入すれば非常に大きな貢献ができると言えるでしょう。

 認知症のプロフェッショナルや、家庭医療、回復期・療養期医療、在宅医療の担い手は圧倒的に必要であるにもかかわらず、臓器別専門医による高度医療を「王道」とする現行の制度の下では、積極的に選択肢に挙がることは少ないでしょう。しかし、社会的ニーズが大きいこれらの領域を「ちょっと王道から外れる『リスク』」を取って選択することで、他のライバルが参入する頃にはとても真似できないほど非常に高い専門性を確立しておくことも可能でしょう。これが、「先行者利益」です。

 私の後輩のとある医師は、多くの人が憧れるブランド病院の救急科から、ものすごく手厚い認知症ケアを実践する療養型病院に移りました。しかも、救急の専門医を取得する前にです。彼は救急医療に携わる中で、「急性期医療から先の回復期や療養期のケアの質が、患者さんの人生の質を最終的に左右する。なのに、そのケアの質が十分に高いとはまだいえない。今の医療に本当に必要なのは、より担い手の少ない川下を良くすることだ」と考えたそうです。現在では医療介護連携に不可欠な人材としてスタッフから全幅の信頼を置かれ、病院の経営にも関わるほどのスター性を発揮しています。

最後は「自分の価値観」とすり合わせる
 とはいえ、最も合理的で客観的に有利なキャリアであったとしても、自分の価値観と異なる仕事を長く続けられるほど人は強くありません。例えば、「この希少な疾患に苦しんでいる人のために働くのが自分の生きがいである」という信念に基づいて仕事ができるならば、他からは不合理に見えたとしてもそれは素晴らしいキャリアだと思います。結局、何をやろうが医療に携わっていれば基本的には社会の役には立つのです。

 ただ、「自分にはそうした強い思い入れがなくてキャリアが選べないな」というときは、こうした「マーケティング」っぽい考え方がけっこう役に立つ、ということも知っていて損はないかと思います。今回「リスクを取る」ということに少し触れましたが、次回はキャリアにおけるリスクの考え方についてお話ししたいと思います。

今回の処方箋

・専門性の高さは、時代や社会の変化によって大きく変わる
・変化をうまく予測し適度なリスクを取れば、先行者利益が得られる
・「マーケティング」の考え方は、個人のキャリアに割と応用できる
・ただ、どんなに合理的なキャリアでも、自分の価値観と一致していないとツライ


【参考文献】
1)リンダ・グラットン著「ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉」(プレジデント社、2012年)