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専門医制度の混迷はキャリアを見つめる機会?

2016/12/13
鈴木裕介(ハイズ)

本質を見失わせる「バッジ集め的キャリア」
 一般的に医師のキャリアは、自らの働く意義(内的キャリア)を考える機会に非常に乏しいと言えるでしょう。受験生時代の「医学部合格」にはじまり、学生時代は「国家試験合格」、研修医になれば「初期研修修了」、それが終われば「専門医の取得」と、我々のキャリアには常に「夢や目標」のようにふるまう短期的なゴールが存在し続けます。近視眼的にこれらをクリアしていくことを目指していけばキャリアを構築できているかのように錯覚します。異論はあるかもしれませんが、私はこれを「バッジ集め的キャリア」と呼んでいます。

 これの何が問題かというと、キャリアの選び方の切り口が、「労働条件」「自らのQOL」「食いっぱぐれの心配」「職場の知名度」などの理由だけでその都度の選択ができてしまうため、自分のやり甲斐や価値観、何をしたらハッピーなのか、どんな価値を世の中に出したいのか、などを考えることを先延ばしにできてしまうことです。自らの内的キャリアに関わるような自問自答や自己理解をしないまま、それなりの年齢を重ねてしまうケースが多いのです。

 具体的に言えば、がむしゃらに専門医取得まで突っ走り、取るべきとされる「バッジ」をひととおり集めきった段階ではじめて「あれ? そう言えば私、本当は何したいんだっけ?」と悩み始める。そんな「ポスト専門医キャリア迷子」が続出しています。

 そんな「ここではないどこか」を探す人たちが、例えば「医局に入り直し学位を取ろうか」「留学をしたほうがいいのか」「診療科を変えようか」などの相談を持ち込む形で私のところにやってきます。

 もちろん、キャリア迷子は悪いことではありません。迷子になっている間はとても苦しいですが、その人自身が職業人生の中で必ず直面すべき課題に向き合い、内面が成長している時間に他ならないからです。

 とはいえ、遅かれ早かれ考えないといけないコトなのであればなるべく早い段階で、ステキな先人たちの知恵なんかも借りながら効率よく考えていきたい。そう思うのが人情ですよね。この連載では、我々がキャリアを考えていく上ですごーく役に立ってくれる「思考の補助線」となるような概念などを色々紹介していければと思います。専門医制度も混迷している今、迷子のような心境にあるかもしれませんが、それはむしろいったん立ち止まってキャリアの本質を考えるいい機会、と言えなくもないですよ。

今回の処方箋

・内的キャリアに着目しないとキャリア選択はとても困難である
・「バッジ集め的キャリア」への拘泥は自己理解を先延ばしにするだけである
・キャリア迷子としての苦悩は、成長のプロセスでもある

【参考文献】
1)Edgar H. Schein. The Academy of Management Executive. 1996; 10: 80-8.

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著者プロフィール

鈴木裕介(ハイズ社)●すずき ゆうすけ氏。2008年高知大卒。一般内科診療やへき地医療に携わる傍ら、高知県庁内の地域医療支援機構にて広報や医師リクルート戦略、 医療者のメンタルヘルス支援などに従事。16年に国家資格キャリアコンサルティング技能士2級を取得。15年より現職。

連載の紹介

鈴木裕介の「キャリア迷子」に捧げる処方箋
昔に比べて価値観やキャリアが多様化し、「働き方」に悩む機会が増えてきました。医師でありながらこれまで1000件以上のキャリア相談を受けてきた鈴木裕介氏が、進むべき道を見失った「キャリア迷子」たちに送る「愛の処方箋」。様々なキャリア理論と実践に基づき、優しくレクチャーします。

この連載のバックナンバー

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