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第23回 コロナ禍の留学 ニューヨーク編(その1)
講演後の外人研究者に直接アプローチ

2022/05/09
崎長ライト

 僕は2004年から2年ほどカナダに留学したことがあるが、めちゃめちゃ大変だった。コロナ禍の留学ともなれば、きっと倍以上の苦労があるんじゃないだろうか。
 そうした仮説を頭に描きながら、ニューヨークのメモリアルスローンケタリング癌センターにリサーチフェローとして2年半留学し、2022年4月に帰ってきたばかりの呼吸器内科医の谷口寛和先生の話を聞いてみた。第1回目は研修医の頃の話から留学へ至る道筋を、インタビューと再現物語(ドラマ)でお届けする。

「留学なんて無縁」と思っていたが

スカイプによる留学前のインタビューを受ける谷口寛和先生

 谷口先生は2009年に長崎大学医学部を卒業し、2年間の初期研修を長崎大学病院で行った。僕の記憶によると、もの静かで、淡々と仕事をこなす優秀な研修医だった。
崎長 谷口先生は内科医だけど、当時はさ、外科に進むとか言ってなかった?
谷口 (笑)。よく覚えてますね。そうなんですよ。癌に興味があって、癌を治すなら外科と信じてましたから(笑)。
崎長 まあ、初期研修医の50%以上は、研修中に進路が変わるからね。どうして、変えたの?
谷口 実は、ある患者さんとの出会いがありまして……。

 谷口が1年目の研修医の時、最初に看取ったのが肺癌患者だった。
 若い谷口は指導医に相談しながら、自分のできる限りのことをしたが、残念な結果に終わった。医師としての最初の敗北感を覚えた。だが、その患者さんは谷口に感謝の言葉を述べ、こうも言った。
「癌患者が癌で苦しまない時代がいつか来ればいいですね。先生、そのためにがんばってね」
 この一言が、彼の医師としての指針を決めることになったのだ。

崎長 お~、すごい。ドラマみたいじゃないか(笑)
谷口 いや、ほんとのことです。手術までできない患者さんも現実には多いし、内科が自分に向いていると思えてきて、長崎大学の呼吸器内科に入局しました。
崎長 なるほどね。それじゃ、研修医の時から、留学を考えていた?
谷口 いえ、全然。ある意味、逆ですね。

 研修医の谷口は、病院の教育センターが主催する毎週火曜の「研修医のための英会話教室」をのぞいたことがあった。ネイティブのルーク先生が、医学英会話や日常英会話を教えてくれる。同期の中には、留学や米国の医師国家試験を目指して毎週参加する人もいたが、自分には無縁と思っていた。目の前の患者さん一人ひとりに対して全力で診療に当たることが唯一絶対の正義だと考えていたからだ。海外留学で研究なんて時間の無駄だろう、単なる箔付けだろう。臨床一筋の自分には関係ない。
 だから、英会話教室もすぐにやめた。

谷口 今思えば、英語やっとけばよかったです(笑)。
崎長 でしょう(笑)。誰でも、そう思う。初期研修の後、関連病院を4年回ったようですけど。なんで、大学院に? 臨床一筋の人が(笑)。
谷口 先生にそう言われると……(苦笑)。

 谷口は呼吸器内科医で、特に肺癌診療が専門だ。臨床にどっぷりつかって4年。
「癌の患者さんが元気に過ごせる時間をいかに長くとれるようにするか」
 それが進行癌の患者に対する医者の仕事だと思っていた。しかし、経験を積めば積むほど、一緒に癌治療を行ってきた患者を看取ることも多くなっていく。基本的には標準治療、つまり日本および世界で科学的に最も認められた治療を行っているにもかかわらずだ。患者を看取る度に、「どうすれば進行癌の患者さんを治癒させられるのだろう」と、漠然とした疑問が谷口の頭の中に膨らんでいった。
「大学院か……」
 疑問の答えを探すべく、谷口は前に進んだ。

谷口 先生、再現ドラマ、上手ですね。
崎長 まあ、昔、シナリオライター目指していたから。
谷口 ホントですか?
崎長 僕のことは置いといて、2015年に大学院へ進学ね。
谷口 ですね。同じ年、金沢大学腫瘍内科に国内留学しました。
崎長 なぜ?
谷口 周りの勧めもありましたが、ちょっと外を見てみたかったんですね。幸いにも研究の成果が出て、4年かかるところを3年で博士号を取得できました。金沢の先生方には、だいぶお世話になりました。
崎長 その頃、海外留学を考え始めたと。

 金沢での大学院生活を終えられるめどが立ち、谷口は久しぶりに兼六園を訪れた。桂坂口から入り奥へ進むと、修学旅行生の一団がにぎやかに前を歩いていた。谷口は喧噪を離れ、霞ヶ池のほとりのベンチへひとり座った。この2年を振り返った。
 想像していたよりも基礎研究の世界は奥が深く、面白く、そして厳しい。10年前よりも5年前よりも、確実に肺癌研究は進んでいて、患者さんにお奨めできる薬剤も急速に増えてきている。
 世界の名だたる研究機関に行けば、最先端の研究に身を置くことができるはずだ。その経験は将来、自分の周りの人々にも還元できるはずだ。いつの間にか、海外留学の決意が固まっていた。

崎長 こんな感じ?
谷口 いや、盛りすぎですよ(笑)。まあ、世界を見てみたいとは思いましたね。短絡的な気もしますが。
崎長 留学先は? 先輩の紹介とか、コネとか?
谷口 それが、全然なくて。いろいろあったことを今から話しますから、崎長ライト風に書き起こしてください(笑)。

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著者プロフィール

崎長ライト(ペンネーム)=浜田久之(長崎大学病院医療教育開発センター長、長崎大学副学長および附属図書館長)。長崎県の離島生まれ。予備校講師などを経て医師に。長崎県に医師をリクルートする新・鳴滝塾塾長としても県内外を奔走する。Cadetto.jpでは「フルマッチ」「坂の途中」を連載。

連載の紹介

思案橋に夜9時でよかですか?
昼は大学病院で初期研修医を指導し、夜は小説のネタを探して長崎最大の繁華街・思案橋を彷徨う崎長ライト氏。医学教育に横たわる課題から旬の盛り場情報(?)まで、時に深刻、時に軽妙に紹介していきます。

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