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コロナ禍の留学・フランス編(その1)
Vチームの華々しいデビュー

2022/03/07
崎長ライト

 僕は臨床研修医を指導して、20年以上になる。
 市中病院にいたときは毎年約20人、大学では毎年約40人、研修医の先生方を送り出してきた。合わせれば数百人になるのだろうが、昨年初めて、研修を途中でやめて外国に留学するという勇敢な人に出会った。
 しかも、留学先は医学系ではない。フランスの欧州経営大学院(INSEAD)という畑違い(?)の領域に、コロナ禍の中、飛び込むというのだ。

「おまえさあ、やめといたがいいんじゃなかとね。研修くらい修了せんね」
「いや、今だから、いいんです」
 白髭浩之、25歳。彼は勇敢にも昨年の夏、研修を1年次で中断し、すがすがしい表情で旅立って行った。
 INSEADに留学中の彼へのインタビューから、数回にわたって、日本と仏のワクチン行政の違い、家庭医の制度、医師ではない道を進むビジョンについて、紹介したい。学生や研修医の方々にはきっと役に立つと思うし、ベテランの医療者の皆さんにも、未来ある若者の行動を暖かく見守ってほしい。

大規模接種に県内の全研修病院から動員

大規模接種会場でワクチンを接種する研修医(当時)の白鬚君。

 話はまず、僕と白髭君が指導医と研修医として、最後に仕事をした昨年にさかのぼる。
 2021年5月中旬、長崎県の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン接種について、大規模接種会場における1回目の接種計画が決まった。医療機関に対して、県や市や企業から医療者の派遣依頼が来たが、大学病院も基幹病院も人的な余裕がなかった。そのころは、第4波が収まっていたので、人を出せないことはなかったのだが、いつ来るか分からない次の波に備えていたのだ。
 そうした中で、県の医療政策課の室長が大学病院へ僕を訪ねてきた。
「何とかなりませんか?」
「そうですね~」
 僕はその前日、厚生労働省が出した事務連絡を見ていた。それには、研修医と歯科医がワクチン接種業に従事できることが書かれていた。
「そしたら、研修医でもよかですか? 指導医とペアにして、派遣するのは?」
 室長はニコリとして、
「よかですね! その案」
「じゃあ、新・鳴滝塾を活用して、県全域で展開しましょうか? 県内に研修医は200人いますから、かなりの戦力になるでしょう。それに、歯科医を訓練すればプラス100人は確保できますよ」
「よか、よか、よか案ですよ。市町村も喜ぶでしょう!」
 そういうわけで、長崎県では、2~3人の研修医と1人の指導医がペアとなり、ワクチン接種会場で働くことになった。
 ちなみに新・鳴滝塾(https://www.narutaki-jyuku.jp/)とは、県内16の全臨床研修病院が集まり、マッチングにおけるリクルート活動や研修医教育を行う協議会である。会長は大学病院長で、僕が塾長。塾長とは、なんでもやる現場の雑用係の敬称(笑)である。その日のうちに早速、全病院に声をかけて研修医の動員が決まり、研修医と歯科医に対する筋肉注射シミュレーターを使った訓練も始まった。
「名前を決めたいですね」
 室長が言うと、僕は待ってましたとばかりに、決めていた名前を告げた。
「Vチーム。どがんですか?」
「どんな意味ですか?」
「Vaccine & Victory で、Vチーム」
「よかじゃないですか!」

大規模接種会場の開設でメディアの取材を受ける研修医(右が白髭君)

 Vチームは華々しくデビューした。
 2021年6月12日。県庁の1階ロビーに設置された大規模接種会場の運用初日は、県内マスコミ全社の取材陣と50人を超える事務運営スタッフ、医師会、看護協会、薬剤師会等の医療スタッフでごったがえし、緊張感の中にも、高揚感が漂っていた。
 接種を予約した約800人が、続々とロビーに入ってくる。
 新・鳴滝塾会長である大学病院長は、第1陣のVチームのリーダーとして、自ら会場に来ていた。
「院長、マスコミの囲み取材がありますが?」と僕が聞くと、
「俺は遠慮するよ。せっかくやけん、研修医にやらせんね」
 若い研修医も総動員しなければならない非常事態を県民に伝えるという意図であろうか。確かに、若い研修医の訴えはインパクトがあるかもしれない。
「ですね、じゃあ…」
 僕は、プレハブの特設ブースが並ぶエリアで、緊張の面持ちで待機している研修医のひとりに声をかけた。 
「白髭君、あんた、インタビュー受けてよ」
「えっ、僕ですか? 僕でいいんですか?」
「そう、あんた。フランス語じゃなくて、日本語で話してよかよ」
 そのころ、彼はフランスへの留学が決まっていた。僕の冗談に彼は少しだけ口角を上げ、何を話すか考え始めたようだ。
「長崎弁はだめバイ。標準語で」
 この冗談には笑ってくれた。
「大丈夫です。長崎をだいぶ離れていたので、普段は標準語です」
 白髭君は長崎生まれだが、高校、医学部は県外だったので、久しぶりの長崎暮らしである。しかしながら、あと1カ月でフランスへ旅立つ。
「気持ちは、変わらんとね?」
「はい。いろいろ、迷惑かけて、すいません」
「いや、いいよ。フランスでダメやったら、いつでも逃げて帰ってこんね」
「そう言ってもらえると安心です」
「まあ、故郷は逃げんけん。いつまでたっても、おまえの故郷はここたい」
 我ながらいいセリフを言ったと思ったが、白髭君はインタビュー用のメモをスマホに入力し始めていた。まあ、そんなもんだ。僕のセリフで涙腺が緩むようなら、世界では戦えない。

Vチームの第1陣。左から2番目が筆者。

 白髭君は同期の女性の研修医と一緒に、多くのテレビカメラに囲まれて、フラッシュを浴びた。どうやら、あまりの緊張で言葉に詰まり、
「すいません、もうワンテークいいですか?」
 と、撮り直しをお願いしたらしい。
「あの度胸はすごいと思いましたね」と見守っていた室長が感服していた。
 その日の夜の全国版のNHKのニュースでも取り上げられ、Vチームは白髭君のおかげで華々しいデビューを飾ることができた。紫(Violet)でそろえたスクラブがいい感じで目立っていた。

「ひとりでも多くの県民の皆さんが安心してワクチンを接種して頂くように我々も万全の体制で臨んでおります」
 翌日の新聞にも、彼の気の利いたコメントが載っていた。
「おかげさまで、いい感じで始められました。Vチームの活躍のおかげです」
 室長は数日後に電話をかけてきて、大規模接種会場の予約も順調に伸びていることを知らせてくれた。

 これが、僕が白髭君と行った最後の仕事になった。彼は翌月、フランスへ飛んだ。
 残念ながら、送別会はできなかった。飲み会は当然禁止されていたので、致し方ない。Zoomの送別会にも、僕は仕事があって参加できなかった。心残りではあった。
 
 それから半年後の2021年年末、日本は穏やかで規制も解除されていた。僕も久しぶりに家族団らんを満喫していた時に、テレビでフランスが再び感染拡大しているというニュースを見た。
 すぐに、白髭君にメールした。
「フランス、どうよ?」
「まあ~、フツーと言えば、フツーですね」
「へ~、そうなんだ」
 どうフツーなのか。次回は、白髭君に聞いたフランスのコロナ事情を紹介したい。

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著者プロフィール

崎長ライト(ペンネーム)=浜田久之(長崎大学病院医療教育開発センター長、長崎大学副学長および附属図書館長)。長崎県の離島生まれ。予備校講師などを経て医師に。長崎県に医師をリクルートする新・鳴滝塾塾長としても県内外を奔走する。Cadetto.jpでは「フルマッチ」「坂の途中」を連載。

連載の紹介

思案橋に夜9時でよかですか?
昼は大学病院で初期研修医を指導し、夜は小説のネタを探して長崎最大の繁華街・思案橋を彷徨う崎長ライト氏。医学教育に横たわる課題から旬の盛り場情報(?)まで、時に深刻、時に軽妙に紹介していきます。

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