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初期研修後の3年目は自由にしたいのですが…

2018/05/18
崎長ライト

 バー『トロワ』に戻る。
 進路に関する堂々巡りの禅問答に疲れた永良部君と僕は席を移動し、マスターの前に座った。平日の夜8時、帆船に他の乗客はいない。静かに3人で思案橋の海に浮かんでいるようだった。
 マスターは船の舵を取るように片手をカウンターに置きながら、いろんな話をしてくれる。ゴルフや古武術などスポーツからサックス、ピアノの音楽まで。いずれもかなりの腕を持っているので、話が面白い。
「え~、そうなんですか! 知らなかった、マジですか、それ」
 永良部君も聞き上手である。マスターはますます上機嫌になって話をしてくれるが、ふいに永良部君に質問した。
「先生、なんで、医者を目指したの?」
 永良部君の顔が紅潮した。
「それはやっぱり、チョッパーの影響ですかね」
「チョッパー?」
 博識のマスターも知らないようだ。

 3回連続となるので、賢明なる読者はお気付きだろう。研修責任者の井中先生は『北斗の拳』、指導医の厚井先生は『スラムダンク』。さらに世代が下った研修医の永良部先生はあれでしょう。
「ワンピース?」
「そうです!」
 お医者さんは、マンガから学ぶのだ。

 『ONE PIECE』は海賊王を目指す少年ルフィを主人公とする、「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を巡る冒険ロマン。素敵な仲間たちと船に乗り、荒波(困難)の中で冒険を繰り返し成長していく物語で、少年ジャンプで20年以上連載を続けている。
「一番好きなキャラが、何でも治せる医者を目指すチョッパーなんです」
 永良部君は怒涛のように語り始めた。時折、おしぼりで額をぬぐい、落花生の殻を飛ばし、チョッパーのすごさを熱く話す。
 マスターと僕は話の内容には興味ないのだが、一生懸命話す姿に妙に感動していた。若い人のエネルギーはそれ自体が尊いのだ。

『おれが、万能薬になるんだ!!!何でも治せる医者になるんだ!!!』
「チョッパーのセリフで、最も感動したのが、これなんですよ」と言って、永良部君はスマホで検索した「ワンピース名言集」を見せてくれた。
「え~、そうなんだ。知らなかった。マジですか、それ」
 マスターが、永良部君を真似して答えた。3人の笑い声が帆船の中に響く。期せずして楽しい夜の航海になった。
 永良部君の気持ちも少しは晴れてくれたと思う。
 永良部君とマスターの話が盛り上がっている間、僕は「ワンピース名言集」をさらに見ていた。
 いい言葉を見つけた。

『若い芽を摘むんじゃない、ここから始まるのだよ!彼らの時代は!』
 ルフィを鍛えた冥王レイリーのこの言葉を僕らの世代は胸に刻むべきだろう。
 船は静かに思案橋の上を漂っている。永良部君のこれから始まる航海が、冒険に満ち、充実したものでありますように。
 僕はデッキの上で祈っていた。


 この話はフィクションですが、初期研修医たちに普段聞いている話から構成しました。永良部先生の悩みに対する答えやご意見があれば、コメント欄にどんどん書き込んでいただけると幸いです。

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著者プロフィール

崎長ライト(ペンネーム)=濱田久之(長崎大学病院医療教育開発センター長)。長崎県の離島生まれ。予備校講師などを経て医師に。長崎県に医師をリクルートする新鳴滝塾事務局長としても県内外を奔走する。Cadetto.jpでは2016年3月まで「フルマッチ」を連載。

連載の紹介

思案橋に夜9時でよかですか?
昼は大学病院で初期研修医を指導し、夜は小説のネタを探して長崎最大の繁華街・思案橋を彷徨う崎長ライト氏。医学教育に横たわる課題から旬の盛り場情報(?)まで、時に深刻、時に軽妙に紹介していきます。

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