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KUROFUNetから日本へ
7年前の患者から送られてきた5ドル札

2011/03/30

 3月11日の早朝、いつものようにインターネットにつないだところ、真っ先に目に飛び込んできたのが「日本で地震が起こった」というヘッドラインでした。その後は連日、日本の状況が全米のトップニュースとなっています。

 当初は、大惨事の中でも自分勝手な行動をとらずに秩序を守る日本人の姿を、脅威と感嘆をもって報じるニュースが多く見られました。特に、2005年のハリケーン・カトリーナによって洪水の街と化したニューオーリンズで、盗難や暴力事件が相次いだという記憶が生々しく残るアメリカ人にとって、日本人が互いに労わり合う光景は賞賛に値するのでしょう。ただし、福島第一原子力発電所が予断を許さない危機に陥ったことが明らかになると、日本政府のリーダーシップの欠如と日本の報道内容の不透明性を問う報道が目立つようになってきました。

 最近、「日本とアメリカの違いは何か?」と聞かれると、私は「日本は出る杭は打たれる国、アメリカはきしむ歯車に油を差してもらえる国」と答えるようにしています。他人より目立った行動を控えるという日本人の気質が、美徳にもなり、足かせにもなっているのでしょう。

 自己中心的ということでは他の追随をなかなか許さないアメリカ人ですが、他者への援助を躊躇しないという寛大さも持ち合わせています。私がフィラデルフィアを去って7年経ちますが、かつての家庭医である私にクリスマスカードを毎年送ってくれる年金暮らしの白人女性は、「先生がいいと思うところに寄付してほしい」と5ドル札を同封した手紙を送ってくれました。家内が通うヨガ教室で顔見知りになった守衛さんは真剣な顔で、「自分も日本に援助したいんだけれど、どこに送ればいいか分からない。あなたなら知っているだろうから、代わりに送ってくれないか」と20ドル札を渡してきたそうです。

 アメリカのあちこちで、日本への援助や寄付の呼びかけが起こっています。今、アメリカ人にとって、日本は決して小さな存在ではありません。

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著者プロフィール

神保 真人

ミシガン大学家庭医療科准教授

8歳から18歳までアメリカで過ごす。帰国後、慶應義塾大学医学部に帰国子女入学者第1期生として入学。1985年同大学卒業後、同大学病院内科に入局。93年渡米。96年ペンシルバニア州トーマスジェファーソン大学病院にて、家庭医学レジデントプログラム(最終年度はチーフレジデント)を修了。その後3年間ノースカロライナの医療過疎地域にて臨床に従事し、99年に再びトーマス・ジェファーソン大学へ(家庭医療科助教授)。04年にミシガン大学からリクルートされ、現在に至る。

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