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診察室を出て気づいた、被災地の子供のソフトサイン

2012/03/14

 前回のブログでは、震災直後の昨年4月に石巻で出会った「熱も咳もないのに仮設診療所に毎日通う子供」を題材に、不安な心の奥底にある不満や怒りを、心の扉を開いて表出させることの大切さをつづりました。石巻で感じた、子供の心の扉を開くことの難しさは、日常業務に戻った後も、私の頭から離れることはありませんでした。

 それから半年ほどが経過した頃、日本小児科学会の震災支援医師派遣として福島県いわき市へ赴く機会がありました。今回はいわき市で出会った子供達の様子から考えさせられた、心にまつわるエピソードをお話しします。

物言わぬ悲しみは…
 福島へ出発する数日前、近所の書店に行きました。往復の新幹線で読む文庫本を探すためです。東北新幹線を使って、東京から福島までなので、それほど厚い本は読みきれません。その少し前に私は、シェイクスピアの『リア王』を読んでいたので、彼の四大悲劇の残り3作、『ハムレット』、『オセロー』、『マクベス』のなかから、2500行弱と最も短い『マクベス』を選びました。いずれも1600年代初頭の作品です。

 往路の新幹線で私は、福島の子供達の生活を考えながら、眠い目を擦りつつぼんやりと『マクベス』のページをめくっていました。そのとき、偶然、あるセリフが目にとまり、心を動かされました。それは、「口に出してお嘆きなさい。物言わぬ悲しみは、張りつめた心へ向けてこっそりと、裂けるように命ずるものです」というセリフでした。

 石巻で感じた、子供の心を開くことの難しさに対して、これといった解決法を見出せずにいた私は、このセリフを読んだとき、心の扉を開く糸口は“口を開かせること”にあると直感しました。

 不安を抱えていながら、周囲に訴えることのできない子供には、大人から積極的に話かけ、できるだけたくさんの会話をすること。子供の嘆きや苦しみを、彼ら自身の口から言葉として引き出してあげること。それはまさにカウンセラーが子供に対して行う心理療法の基本です。当たり前と言われればその通りなのですが、上手に子供の心の扉を開いてあげる第一歩は、子供の口を開いてあげることにほかならない。そう私は確信したのです。

できるだけ多くの会話を
 前回、石巻で診療した際、私は時間をかけてゆっくりと共感的態度で子供の訴えを傾聴していました。しかしそれだけでは子供の心の扉を開くことが容易でないことを知りました。そこで今回は『マクベス』で得たヒントを生かし、診察では子供達とできるだけ多くの会話を交わし、彼らの口を開かせることを心がけてみました。

 当日私がお世話になったいわき市立総合磐城共立病院は、臨床研修医も多く活気のある働きやすい病院でした。ちょうどその日は雨天で、外来患者も少なく、私は子供達の一人ひとりと色々な会話をしながら診察を行いました。

 初対面の子供ばかりでしたが、「お名前は?」「何歳かな?」といった質問には楽しそうに返答してくれました。しかし「どこから来たの?」、「誰と来たの?」といった質問は、彼らと楽しく会話を続けるにはあまり適していないと思いました。被災のために引っ越しを余儀なくされていたり、預けられている親類に連れられていたり、という子供も多かったからです。

 一般外来ではよく「学校は楽しい?」といった質問をしますが、学校が仮設校舎であったり、転校していたりすることが多いいわきの子供達には、必ずしも楽しい質問とは言えません。同様に「好きな遊びはなに?」といった質問も、子供の口を開かせるどころか、友達が転居してしまったり、屋外ではあまり遊ばないようにしていたりと、様々な理由で、会話が途切れてしまいました。

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著者プロフィール

今高城治(獨協医科大学小児科講師)●いまたか じょうじ氏。獨協医科大学医学部卒、慶應義塾大学文学部(哲学)卒、医学博士。小児神経学会評議員。現在、慶應義塾大学法学部(通信教育課程)に在籍し政治学を専攻中。

連載の紹介

今高城治の「医療と生命倫理のパンセ」
文明と医学の進歩は人類に本当の幸せをもたらすのか?超重症児医療に従事しながら、哲学・倫理学・法学を修める今高氏が、独自の世界観を背景に現代の倫理、哲学、思想、サイエンスに対する諸問題を論考していきます。

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