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被災地支援、失敗談も残しておこうよ

2011/12/28

 震災の年、2011年も過ぎようとしている。私としては、今年ほど人前で講演をしたり、色々な雑誌に文章を書いた年は今までになかった。ほとんどの依頼が、被災地の医療支援に関して知りたいという内容だった。九州から医療支援に行った先生はたくさんいらっしゃったのだが、私のように個人で団体(日本プライマリ・ケア連合学会PCAT)に申し込んで行った人は少なかったから珍しかったのだろう。

今回の震災は誰が何と言おうと想定外
 先日、DMATJMATなどの団体から支援に行った医師たちと飲む機会があった。「自分たちは意気勇んで行ったものの、思っていたような医療支援ができなかった。そんなわけで帰ってきてからあまり支援内容を話せなかった」といった話を聞き、思わず「そんなバカな」と叫んでしまった。

 今回の震災は誰が何と言おうと想定外だった。3.11後にテレビの偉い評論家さんが「想定できた」なんてことを言っていたが、それは後出しじゃんけんだ。支援も、被災地に行ってみなけりゃ何ができるか分かるわけない。それに今回は阪神・淡路大震災の経験を基に組織された支援チームがほとんどだったので、津波という未曾有の大災害に対して、想定外の支援になってしまったのは仕方のないことだ。その想定外だったことが、次の震災時の支援に生きるに違いない。

 時間がたって震災が発生した日のことはもう忘れてしまっているが、支援に行こうと決めたときの気持ちはしっかりと覚えている。何を考えたかといえば、 「生きて帰れるのか」ということだった。今となっては大げさに聞こえるかもしれないが、4月になっても余震は続いており、テレビでは「1カ月以内に同じ規模か、もしかするともっと大きな地震が起こるかもしれない」と報じていた。支援に行っている間に再度大津波が来て、自分も流されるかもしれないという恐怖もあった。

 今回どんな形にせよ、支援に行った全ての人たちは、多かれ少なかれ同じような恐怖を抱いていたことだろう。「でも行かなきゃ」という思いで恐怖を振り払って出発したはずだ。「何をしたか」「成果は」なんていう結果論は、現地に行かなかった評論家が勝手に論ずればいいことで、私は今でもあのとき東北に足を踏み入れた医療従事者をはじめ、様々な職種やボランティアの方々など、全ての人を尊敬している。
 
 いろんな人の被災地支援の講演会を聞いて思うことがある。それぞれの団体が被災地で行った功績を中心に語るのは仕方ないことだとは思うが、失敗談や反省があまりなかったように感じる。こんなことをして感謝されました、という話もいいが、これは無意味だったとか、やらなきゃよかったという話をもっと伝えていかなければならないだろう。そして今後も起きるだろう想定外の大災害に対して、どう向き合うのか考えておかなければいけないと思う。

 私は被災地に立って分かったことが一つだけある。それは自然に対して人間はかなわないということだ。かなわない相手には、被害を最小限にすることしか手段はない。医療界の中でも、今から被害を最小限にする努力を積み重ねていかなければいけないだろう。災害が起きるとほとんどの病院が機能不全となり、残った施設は野戦病院化する。そこには患者だけでなく、不安で心細い住民や避難民、さらには遺体もたくさん運ばれてくる。それに対応できる外来スペースを備えた病院が、地域の中に一定間隔で存在しなければならない。
 
バックアップなしの電子カルテは無用の長物
 電子カルテのリスク管理も重要な課題だ。バックアップなしの電子カルテが無用の長物であることは言うまでもないが、バックアップサーバーを置く場所にも工夫が必要だろう。本体とバックアップサーバーの両方が同時にダウンするリスクも考えておかなければならない。そして電気。私は医療支援中、石巻赤十字病院に何度も紙のカルテ用紙をもらいに行ったことが忘れられない。バックアップがあったとしても自家発電機能が十二分に備わっていなければ、電子カルテはただの箱になってしまう。

 将来、ライフラインが途絶えた被災現場で、貴重な電気を電子カルテに優先して回す余裕が果たしてあるだろうか。さらにクラウドで行うなら、インターネット回線はすぐに回復させることができるのだろうか。そんな初歩的なことから、考え直さないと災害医療対策は先には進まないだろう。

 震災の尊い犠牲の上に、医療の根本的な見直しを行うことこそが、生き残った者の責務であると思う。今、がれき処理の問題が起きているが、もう一度津波の映像を見直してほしい。がれきの放射能の問題は誰でも怖い。子供を抱える親なら、なおさらだと思う。しかし、その子供たちが成人したとき、自分たちのために被災地のがれき受け入れを拒否した親をどう思うだろうか。大震災を経験した同じ日本人として、次の世代が後々誇りを感じてくれるような行動を取りたいものだ。

 今年最後のブログなのに、やっぱり震災の話題になってしまった。だけど、良いことばかり続かないように、悪いことも続かない。来年はきっと良い年になるに違いない。来年が皆様にも良い年でありますように。

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著者プロフィール

東謙二(医療法人東陽会・東病院理事長兼院長)●あずま けんじ氏。1993年久留米大卒。94年熊本大学医学部第2外科。熊本地域医療センター外科などを経て、2000年東病院副院長。03年より現職。

連載の紹介

東謙二の「“虎”の病院経営日記」
急性期の大病院がひしめく熊本市で、63床の病院を経営する東謙二氏。熊本市の若手開業医たちのリーダー的存在でもある東氏が、病院経営や医師仲間たちとの交流などについて、ざっくばらんに語ります。
この連載が本になりました!
『“虎”の病院経営日記 コバンザメ医療経営のススメ』
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 本連載、「東謙二の“虎”の病院経営日記」が1冊の本になりました。約10年間の掲載からよりぬきの回を「病院経営」「連携・救急」「医療の話」「ひと・酒」の4テーマに分け収録。書き下ろし「中小病院が生き残るための15箇条」の章は、「敵対より連携」「コバンザメ医療経営のススメ」「中小病院の生きる道」「2代目は本当にだめか」「同族経営と事業承継」……など、民間医療機関の経営者には必読の内容となっています。
(東謙二著、日経メディカル開発、2700円+税)

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