2004.04.08
【再掲】【連載:がんの治療成績を読む】 その20 大阪府のがん生存率開示(3) 「均てん化」で年間3万5000人の救出可能性 顕著な地域、疾病、病院の間の格差
引き続き、大阪府のがん5年相対生存率を見ていく。すべての主要ながん治療施設が共通ルールで生存率を収集、開示することは、がん治療の「均てん化」の重要な基礎になると考えられる。均てん化とは、現在の対がん戦略の中心となる概念の一つで、一定水準以上の医療技術が日本全体で広くあまねく受けられるようになること。がんの先端医療技術を開発するのも大切だが、既にある治療レベルをあまねく浸透させるだけでも、多くの患者の救命が可能なのだ。
今回は、大阪府のがん施設の生存率のデータによって、がん治療施設、地域、そして疾病の間にある生存率のばらつきをさらに検討し、そこから生存チャンスを喪失している患者(想定喪失患者数)を推定する。想定喪失患者の発生を解消することが、すなわち均てん化である。
<表1(ここをクリックすると表が現われます。以下同)>は、大阪府が開示しているデータを基に、5種類のがんに関して11地域の医療圏別に「想定喪失患者数」を算出したものだ。実生存率と期待生存率(がん拠点病院の平均。注参照)が出されているので、仮に期待生存率が達成できていれば救命できたはずの患者数を想定喪失患者数とした(ただし、期待生存率の算定には、患者の合併症の有無などの予後因子は考慮されていない)。
<表1>から地域、疾病別の大きな格差が明らかになる。例えば、市東部の肝臓がんに関しては、生存率と期待生存率のギャップが12.6ポイントもある。症例数は896なので113人の人命に当たる。表の中で青色にマークしたところが、疾病別に見たときに比較的劣った生存率を示している項目である。
5疾病を合わせて見ると、市東部、市南部などが平均から大きく乖離した成績となっている。まさに、いかに均てん化がなされていないかを物語る数字だ。
次に、同じ<表1>から疾病別に分析してみよう。
肝臓がん 想定喪失患者数 999人 患者に占める割合 10.6%
大腸がん 想定喪失患者数 965人 患者に占める割合 8.4%
肺がん 想定喪失患者数 696人 患者に占める割合 6.8%
胃がん 想定喪失患者数 1084人 患者に占める割合 6.5%
乳がん 想定喪失患者数 121人 患者に占める割合 1.9%
特に肝臓がんで期待生存率と実際の成績に最も大きな差がある。大腸がん、肺がん、胃がんでも差が目立つ。こうした格差が存在する原因を早急に調べて対処することが必要だろう。一方、乳がんでは比較的均てん化が進んでいることがうかがえる。
11地区5疾病を合わせると、5万4240人の患者の中で、3865人の想定喪失患者が発生している。これは実に全患者の7.1%に該当する。1年間に全国で50万人程度のがん患者が発生していると推測されるが、全国で大阪府内と同様な治療成績のばらつきが生じていると仮定すると、全国では50万人の7%、すなわち3万5000人の想定喪失患者が発生していることになる。早急な実態把握が望まれる。
次に、別の角度から想定喪失患者数を検討する。五つのがんについて三つの進行度に分けて、想定喪失患者数を試算してみよう。
<表2>は大阪府のがん拠点病院における格差から生じる想定喪失患者。がん拠点病院の平均成績以下の病院が、平均績を残せないことで喪失したと考えられる人命数である。それぞれの施設、疾病、進行度ごとの詳細計算は、<表4>〜<表8>に示した。試算では、胃がん66人、大腸がん56人、肝臓がん30人というように、5疾患で9901人の患者の中で合計177人が喪失されていることになる。
<表4>
<表5>
<表6>
<表7>
<表8>
一方、がん拠点病院の中での成績格差も重要だが、それ以上に注目すべきなのは、全大阪府全体の成績ががん拠点病院の平均と比べて大きく劣っている点である。
<表3>は、全大阪府ベースでの想定喪失患者数。大阪府のすべての病院が、がん拠点病院の平均成績を挙げられないことで喪失したと考えられる人命数である。
胃がん963人、肝臓がん799人、大腸がん787人というように、5疾患で4万8033人の患者の中で合計3387人の喪失と試算される。この人数は患者全体の7.1%にも相当する。水準の高い治療を受けていれば5年生存できたのに、それを果たせなかった患者が、全患者の7%もいるわけだ。
疾病別に見ると、中でも肝臓がんは全患者の11.6%が喪失されている可能性がある。一方で乳がんでは2.8%と比較的小さい。
以上見てきたように、がん治療の均てん化の中で、がん治療成績の掌握と開示は、重要な位置を占める。がん登録データの開示は、会社経営に例えれば基本財務指標の作成のようなもの。それなしでは、成果も進歩も問題点も測れない。また、戦略も戦術も立てられない。
地域がん登録ベースの施設別、疾病別データを分析することは、行政としてがん対策を立案する基礎情報にもなる。がん病院生存率の収集と開示は、患者の病院選択や病院の成績向上のみならず、行政にとっても不可欠な方策であることが分かる。
(埴岡健一、日経メディカル)
*随時、掲載します。
■<連載目次へ>
■ 訂正 ■
記事中で、がんと診断される患者数は年間30数万人としておりましたが、年間約50万人でした。お詫びして訂正します。