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2002.09.02

【投稿】医療行為の問題を取り上げる医療審判庁のような組織が必要

 「割りばし事件の刑事告訴について」という投稿に対して、多くの方からメールをいただきました。以下は「医療行為の問題を取り上げる医療審判庁のような組織が必要」と指摘されています。引き続き、皆さんのご意見をうかがえれば幸いです。編集部までメールでお送りください。送付先は、 medwave@nikkeibp.co.jp です。

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冠省

 杏林大学の救急部における割り箸の刺傷事件について私見を述べさせていただきます。この事件の問題点は、1)受診者の情報提供、2)医師の診断処置の適否、3)本件の事例に代表されるように警察権の介入、4)医師の説明責任の是非であると思われます。

 1)については新聞報道にその詳細がなくコメント困難ですが、割り箸が刺さった程度の情報では、耳鼻科の医師としては咽頭を観察し、大きな傷がなければそのまま処置をしてすませると思います。

 問題はより細かな割り箸の情報を、医師に対して正確にかつ的確に伝えることを行ったか否かであると思います。おそらくこの点をまず医療をうける立場の患者さんは、認識すべきあり、裁判において争点にすべきであります。

 私は婦人科をも診療しており、子宮外妊娠の例にて本人が妊娠していることを隠して受診し、医師の質問にも妊娠を否定した場合に(このような例は珍しくない)医師の過失責任が問われるのかと考えてしまいます。

 2)医師の診断処置の適否について。レントゲン、CT、MRIを撮る撮らないが争点のようですが、これは医師の裁量権に属する事案であると思われます。

 割り箸が刺さったと患者さんがみえたら(実際にこの程度にて救急外来を受診する患者さんきわめて多いものと思われます)、問題は患者さんを診て神経症状などより、レントゲン撮影、CT、MRIなどの必要性を現場の医師が判断したか否かであると思われます。大学の救急部あるいは、当直ですから臨床的に極めて劣った医師が診たとは思われません。

 おそらく担当医師は患者さんの状態から判断して、画像診断の必要性を認めなかったのであると思います。これは患者さんに対する医師の裁量権の範囲ですから、裁判の争点にはなりえません。

 当時の状況を後になって患者さんのご家族が云々申しましても患者さんの状態は刻一刻変化するわけですから、もし、この点が認められず医師が敗訴するのであればいま医療現場にて一番問題となっている過剰診療、乱診過剰医療そのものになるのではないでしょうか。

 お腹が痛いとの患者さんに超音波検査がすべて認めてもらえるでしょうか。結果が問題なければ過剰診療、悪ければ検査を行わなかったと過失責任では、医療行為とはいったいどうすれば良いのでしょうか。

 3)医療行為に対する警察の介入についてですが、現在のレベルでは子宮筋腫の手術では問題が起こるとはないとの感覚が一般の受診者の思いであると思われます。しかし、どのような治療においても100%問題なく行われるとは限らないのです。医師の立場からすると、上手くいかない例は必ずあるのです。問題はこれを過失にあたるか否かであると思います。

 私も20年間大学に勤務し手術の経験は多少ありますが、いわゆる上手く行かない例は実際にあるのです。そして、この事実を医療を受ける方々はよく理解していただきたいと思います。

 手術器具を忘れた云々との例と、いわゆる上手くいかない例とが同一化され、上手くいかないと、直ぐ医師の過失と言われるのであればまさに医師は保身医療にはしり、切除できる可能性があるのに危険があるからと放棄することになり、究極的には患者さんが不利益をこうむるのではないでしょうか。

 まさに病気に果敢に挑戦する医師もなくなり、医学の進歩はなくなるのではないでしょうか。

 結論的には、私は医療行為における警察権の介入には基本的には反対であります。可能であれば医療行為の問題を取り上げる医療審判庁のような組織が必要かと思いますがいかがでしょうか。

 最後に4)医師の説明責任ですが、本件にて一番問題になるのはこの説明責任であると思われます。

 患者さんが生きている以上は、症状は刻一刻と変化するわけですから、診断も変わります。

 当たり前ですが医師は万能ではないのですから、患者さんに診断名はと尋ねられたら判りませんと答えていいのです。皮肉として受け取られたくないのですが、本件において診察した医師は、極論かもしれませんが「判らない」との本音を告げれば良かったのではないでしょうか。大学の医師ですから判らないと言うには躊躇があるでしょうが・・・。

 そして、医療を受ける患者さんも大学だから、また医療は万能に思うような風潮と幻想をみるべきではないと思います。悲しいことではありますが、医療行為は結果よければ全てよし、とする風潮なのです。結果よければ全てよしとする患者さんの風潮と、何とか新しい医療をと挑戦する医師(ある意味では科学者)とはどのようにすれば良い関係を保てるのでしょうか。

 いま、医療を受ける患者さんとこれを行う医師に果たされている共通の問題と思われます。

 9月2日
 不一

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