健康意識を高める活動が大きな研究に発展

――家庭血圧に着目されたのもそのころですか?

今井 いえ、家庭血圧には以前から興味を持っていました。「血圧は診察室で医師や看護師が測るもの、血圧測定は医療行為の一つ」と考えられていた時代です。しかし、血圧は刻々と変化するもので、診察室での値も一時点のものにすぎず、従って、家庭で測り続ければ、より正確な血圧情報を把握できると考えました。そして、家庭血圧計の精度が向上し普及が進めば、いずれ家庭血圧が高血圧診療の中心をなすだろうと予測していました。

――その数年後、エポックとなる大迫研究がスタートします。これはどのような経緯で始まったのでしょう。

今井 大迫町は今年、市町村合併で花巻市となりましたが、岩手県の中央部に位置する典型的な農村です。ここに県立大迫病院があり、当時、大学の同級生である永井謙一先生が院長をしていました(現、岩手県立宮古病院院長)。彼は、地域医療の立場から脳卒中の予防や早期発見の対策を模索しており、たまたま同級会で一緒になった時、「住民自らが率先して健康意識を高めるいい方法はないだろうか」と相談してきたのです。そこで私のほうから「家庭で毎日、血圧を測ってもらい、健康作りに役立ててはどうだろう」と提案しました。二人の方向性が一致していることが分かり、早速準備を進めました。永井先生たちは、家庭血圧を測る意味を行政や住民に説明し、協力を求める。一方、我々は乏しい研究費をやりくりして町の全世帯(約3000世帯)に家庭血圧計を配る。こうして大迫研究が動き出しました。1987年のことです。

 また翌年からは、20歳以上の住民全員を対象にしたABPの測定も始めました。住民が自分で測る家庭血圧と違ってABPの場合は、町の保健師さんが各家庭を訪問し、装着や取り外しを行なわなければなりません。しかも測定装置は5〜6台しかないので、それを持って毎日一軒ずつ回る。とても大変な作業で、研究をここまで継続できたのは保健師さんたちの熱意に負うところが大きかったと感謝しています。

――家庭血圧を利用した臨床疫学研究は世界でも初めて。得られたデータは高く評価され、家庭血圧のグローバル・スタンダードとなりましたね。

今井 大迫研究は厳密なデザインを組んで始めたスタディではありません。当初は、地域住民の健康作りに協力しながら、家庭血圧やABPに関する基礎データを集められればという程度の発想でした。しかし、5年、10年と調査を続けていると、住民の中には脳卒中を発症したり、死亡する方が出てきます。すると、予後と家庭血圧やABPとの関係が捉えられるようになる。つまり、コホート研究、前向き研究という格好になってくるわけです。

 こうした研究の成果として、まず、家庭血圧、ABPの再現性の良さが明らかになりました。再現性がいいということは、診断・治療の基準になり得ることを示唆しています。次に、家庭血圧、ABPは随時血圧に比べ、予後予測能の高いことがわかりました。そこで、予後との関係から家庭血圧の基準値を求め、「135/85mmHg以上」を高血圧と設定しました。この基準は日本高血圧学会のガイドラインはもちろんのこと、JNC7やWHO/ISHのガイドラインにも採用されています。

 大迫研究はその後、MRI検査、糖尿病などの代謝機能、認知機能などもチェック項目に加えており、今後さらに追跡を続けることで、高血圧診療に結びつく新たなエビデンスを生み出していきたいと考えています。

――大迫研究の成果を基に、現在進めている大規模介入試験HOMED-BPについても簡単にご紹介ください。

今井 大迫研究によって家庭血圧の診断基準はほぼ固まりました。しかし、家庭血圧をどこまで下げたらいいのかはまだ分かっていません。HOMED-BPはこれを明らかにするための介入試験です。対象は40歳以上の本態性高血圧患者。まず患者に1〜2週間、家庭血圧を測ってもらい、それに基づいてCa拮抗薬、ACE阻害薬、ARBの3群に分けます。各群3000例ずつの合計9000例。これを7年にわたって追跡し、どの降圧薬が有効か、どのレベルまで家庭血圧を下げれば脳心血管イベントの発生が少ないかを比較します。現在、登録患者は4600例ほど。息の長い研究ですが、これによって、まだ世界のどこにもない家庭血圧の至適降圧目標レベルを設定できるものと期待しています。



<今井氏略歴>
1946年 群馬県生まれ
1971年 東北大学医学部卒業
1979年 東北大学第二内科助手
1980年 オーストラリア・モナッシュ大学留学
1991年 東北大学第二内科講師
1998年 東北大学第二内科助教授
1999年 東北大学大学院薬学研究科教授(医療薬学)
2000年 同医学研究科(病態制御学)併任
     同附属病院臨床治験センター副センター長