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高血圧治療の温故知新(ISH2006プレサイト)

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2006/8/24

ISHスペシャルインタビュー

高血圧診療の温故知新◆荒川 規矩男氏

世界で初めてヒト・アンジオテンシンを単離

2006/8/24

ISHスペシャルインタビュー

高血圧診療の温故知新◆荒川 規矩男氏

世界で初めてヒト・アンジオテンシンを単離

関連ジャンル:

高血圧

ヒト・アンジオテンシンの精製・単離に成功して初の招待講演(1966年)。この席が、第1回国際高血圧学会(ISH)となった。

「日本の高血圧は危ない」と啓蒙活動にチャレンジ

―Page先生の65歳祝賀シンポジウムで起きたエポックメーキングなこととは?

荒川 シンポジウムは世界の高血圧学者およそ100人が初めて一堂に会した歴史的な機会となりました。そこで期せずして「これを機に国際学会を作ろう」ということになり、その場で国際高血圧学会(ISH:International Society of Hypertention)が発足しました。私にとっても、ヒト・アンジオテンシンの精製と構造を発表した場が、国際学会発祥の場となったのですから、忘れがたい思い出です。

 私はその後の研究の続きの中で、トリプシンやカリクレインがアンジオテンシン生成能を持つこと、つまりアンジオテンシン生成のバイパスとなっていることを発見しました。またその延長線上で浦田秀則先生(福岡大学内科)はヒト心臓キマーゼを発見しました。これらのバイパス経路は、ACE阻害薬では阻害されないアンジオテンシン生成系として、後にARB時代を迎えてから一般にも注目されるようになりました。


世界初の運動療法の比較対照試験

―さて、運動降圧療法は今では高血圧の非薬物療法として国際的にも認知されていますが、運動に着目されたのはなぜですか?

荒川 現在は優れた降圧薬が出揃い、薬で簡単に血圧を下げられるだけでなく、脳卒中や心筋梗塞などのエンドポイントの到達を遅らせることも多くの臨床試験で実証されてきました。しかし薬が切れると血圧はまたたちまち上がります。つまり降圧薬は解熱薬や鎮痛薬などと同じく、薬が体内にある間だけ圧を下げているだけの「対症療法の薬」だと私は思っています。薬でなく、生活習慣で治せないか?減塩以外に運動はどうだろう?という疑問を抱いたからです。

 高血圧の原因は遺伝と生活習慣の2つの因子から成り立っているわけですが、遺伝子といっても本態性高血圧の場合は単一遺伝子疾患のように高血圧自体を直接に遺伝するのではなく、食塩感受性などに関与する複数の遺伝子が絡んでおり、遺伝は間接的なものです。実際に高血圧を発症させるのは過剰食塩摂取を主とした生活習慣の歪みであるらしいことが明確になってきました。

 そこで減塩降圧療法が生まれたわけですが、運動も生活習慣の一つであるにもかかわらず、運動と血圧との関係を調べた研究は少なかったのです。その頃(1980年ごろ)、世界の文献を調べると12件ありましたが、いずれも運動の降圧効果を決定的には確証できていませんでした。ですから1983年のWHO/ISHの高血圧管理ガイドラインでも“減塩は確実だが、運動は心筋梗塞を減らせるかもしれないにしても、降圧効果については「不確かだ」”としています。

 それまでの運動関係の文献では、研究のデザインがどれもきちっとしていない。それで、私たちは年齢、性別、体重、食塩摂取など条件をそろえて、かつ4週間の観察期間をおいた上で、運動をする群と、しない群に厳密に分けて10週間追跡してみました。その結果、運動が有意に血圧を下げることを証明できました。これは世界初の運動療法の比較対照試験で、1987年に発表しました。このデータは、1991年に初めて出たWHOの降圧と運動療法のガイドラインにそっくり引用されましたし、引き続き1993年に発表されたJNC-5ガイドラインやWHO/ISHの高血圧管理ガイドラインでも認知され、以来、運動の降圧効果は世界の常識となりました。

日本人初のISH会長として講演(1996年、英国グラスゴーで)

ISH会長は無投票で推挙

―こうした先生の業績が、1994年に日本人としては初のISH会長(President)に推された理由になったのですね。

荒川 ISHの会長は自薦、他薦の競争が激しかったので、私など考えたこともありませんでしたが、理事会でなぜか無投票で決まってしまい、吃驚しました。私個人の問題というよりは、日本の高血圧関係の論文が質・量ともに国際的に高く評価されていたし、ISHの学会発表でもオーラルプレゼンテーションの数では米国に負けていましたが、論文の量では日本がトップを維持していましたので、そのあたりも考慮されたのではないでしょうか。1996年まで会長、1998年まで理事を務めましたが、この間、印象深いことといえば、3つあります。

 ひとつは、WHO/ISH高血圧管理ガイドラインの作成に2回(1993年と1999年)委員としてかかわったことです。1999年の委員会開催は福岡に誘致し、日本高血圧学会の理事の先生方にも傍聴参加していただきました。そこで久山町の長期疫学研究のデータも発表していただきました。

 その前に、米国のJNCガイドラインとWHO/ISHガイドラインを合体しようと試みましたが、米国のNIHの委員の方に拒絶されました。いまだに実現できていませんが、残念なことですね。

 もうひとつは、私のISH会長任期中に日本人の理事を2人に増やすことができ、猿田亨男先生(慶應義塾大学名誉教授)に入ってもらいました。現在も日本からのISH理事は2人(荻原・藤田)キープされています。

 3つ目がISH 2006を日本(福岡)に持ってきたことです。これも世界数カ所から誘致合戦があったのですが、それを決定する理事会でライバル国の代表が「どうぞお先に」とすんなり福岡に譲ってくれました。

 ISHは1966年にクリーブランドでスタートした時からの付き合いになりましが、今年2006年でちょうど満40周年になるので、今年、喜寿を迎えた私にとっては喜びひとしおです。


「日本人の過半数は病的高血圧」、啓蒙が重要

―最後に、2005年9月に「日本高血圧協会」が設立され、初代会長に就任されましたが、この会の目的と今後の活動をお聞かせください。

荒川 日本各地に講演に行ってみると、“化学合成品の塩化ナトリウムは体に悪いけれども、天然塩ならむしろたくさん摂ったほうがいいのではないか”、などというとんでもない質問が、一般人ばかりか、実地医家の先生からも出たりします。わが国の高血圧患者は予備軍まで加えると7000万人もいます。すなわち国民の過半数が病的血圧域にあるというのに、現実はこういう嘆かわしい状態にあります。この危ない事態を早く救わなければいけません。

 日本高血圧学会では、従来、市民講座を年に1回、限られた地域だけで開催してきましたが、7000万人の啓蒙には焼け石に水に過ぎません。そこで、日本糖尿病協会のような、市民レベルの啓蒙組織を作るべきだとの意見が、日本高血圧学会で出され、日本高血圧協会が発足しました。

 初年度第1回目の活動は第21回ISHに合わせて、今年10月に福岡、大阪、東京の3カ所で市民講座を開催します。その後は、各地におられる日本高血圧学会の特別正会員の協力などを得ながら、全国津々浦々を啓蒙しなければならない、と思っています。そこでは、これまでの高血圧研究から得た私の結論としての高血圧対策3か条、すなわち「1に減塩、2に運動、3に薬」を強調したいと思っています。



<荒川氏略歴>
1929年 生まれ
1953年 九州大学医学部卒業
1958年 米国クリーブランドクリニック留学
1964年 九州大学心臓血管研究施設・循環器内科・助教授
1973年 福岡大学第二内科教授
1984年 第7回日本高血圧学会会長
1992年 WHO/ISH高血圧治療ガイドライン委員
1994年 国際高血圧学会(ISH)会長
2005年 日本高血圧協会会長



インタビューを終えて

「外科医の開業医を目指して医者になりました、なった途端に腎臓病を患いまして、それがきっかけで高血圧の研究にのめり込んでいったんです」という荒川氏。今は自由な時間も増え、週に何回かはスポーツジムにも通っている。家系的に脳卒中や高血圧の心配があるので、第1に減塩、第2に運動、そして第3に薬として利尿薬の上にARB(それも1年ごとに製品を変える)を加えるか、またはカルシウム拮抗薬を併用しているという。血圧は119/79mmHg未満の目標をほぼ達成している。“高血圧対策3か条”は、必ずしも優先順位ではなく、「高血圧における比重の順位で、実際には同時進行すべきだ」。荒川氏が診ている患者さんたちで昨年結成された「荒川会」では、100歳まで診てくれ、と言われるが、同氏が100歳はおこがましい、と言うので「荒川白寿会」に改称してもらったとか。

浜野 栄夫=日経BP社医療局

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