連載・コラム
ブログ: 冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
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円熟期の黒澤明の集大成か
理想の医師像『赤ひげ』は傑作か?
時代とともに変わる評価の面白さ
2015/12/ 2
『赤ひげ』は常識的には連載の第1回に取り上げるべき映画であるが、少々へそ曲がりの私はそれをせず、最終回に私なりのうんちくを述べて連載を終わる。黒澤明が山本周五郎の原作を基に、本作を撮ったのは昭和40(1965)年で、日本映画の衰退が年々叫ばれ5年あまりが経過していた。この作品で黒澤…
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江戸時代に全身麻酔を施行した華岡青洲を題材にした傑作映画『華岡青洲の妻』(1967年)
美談の影に隠れた嫁姑の葛藤
2015/11/ 5
2年ばかり続いた本欄も今年で終わることになり、残り2回となった。全体に洋画が多かったので、最後に邦画の、それも通常なら連載の最初に持ってくるべきとっておきの傑作を紹介したい。今回は、世界で初めて全身麻酔を実践した華岡青洲の足跡を、実に見事な小説に仕上げた有吉佐和子の『華岡青洲…
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好ましい短い小品、映画長きがゆえに貴からず
薬害訴訟専門弁護士vs 金物商『おとなのけんか』(2011年)
2015/10/19
2時間以上の上映が当たり前で、水増し映画の多い昨今。『おとなのけんか』は、昔の平均的長さである90分にも満たない80分の小品でいながら、十分に楽しませてくれる今時珍しい映画。58年前、上映時間と同じ時間で劇が進行するのでも話題になった『十二人の怒れる男』と同じ形式で、カメラも室内か…
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仕事にまい進する日本人と、最高に明るく遊びまくる米国人
癌宣告後に見る日米の文化の差『生きる』vs『最高の人生の見つけ方』
2015/ 9/14
病気を扱った映画は数限りなくある。観客の持つ「他者への共感」を刺激し、映画としての少々のつたなさをカバーしてくれるから、昔は映画の題材に困れば「子ども・犬・病気を出せばよい」と言われていた。しかし、黒澤明の『生きる』(1952[昭和27]年)は別格の名画である。彼の最高傑作、否、…
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米国的な母子関係のすさまじき葛藤
多剤投与の精神科医に薬を投げつける主人公『8月の家族たち』(2013年)
2015/ 8/17
これまで2回にわたり、母性社会に住む日本人が共感できる母子の温かい情緒的関係を描いた新旧の英国映画を紹介した。今回は、同じ母子関係を父性社会・米国が描いた映画『8月の家族たち』(2013年)を紹介する。…
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父性社会・英国が表現する日本的心情『秘密と嘘』(1996年)
エディプスコンプレックスの西洋が描く日本的阿闍世コンプレックス
2015/ 7/15
先月紹介した『あなたを抱きしめる日まで』と同じく、若い女性の過ちが話の発端になる英国映画の傑作が、20年ばかり前に公開されている。この映画も題名がカタカナでなく日本語であり、父性社会・英国が母性社会・日本に特有とされている「母子関係の深層心理」を扱う傑作である。1996年のカンヌ…
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カトリックの暗部から広がる悲劇を巧みに描写
父性社会英国が作る「母もの」映画『あなたを抱きしめる日まで』(2014年)
2015/ 6/15
カタカナ題名全盛時代の現代に珍しい、「見たい」と思わせる邦題の付いた英国映画である。原題は外国映画に多い主人公の名前「Philomena」で、これをそのままカタカナで表記しなくて良かったと、見終わってつくづく思った次第。実話によっている内容は素晴らしく、英国版「母もの」とも言うべき映…
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夫の浮気に腹を立て、娘を置いて家を出た女医
中年の孤独と被虐待児の悲哀から始まる『草原の椅子』(2013年)
2015/ 5/18
画面に突然、パキスタンの辺境を乗合バスで旅する日本人の熟年男性2人と中年女性1人、5歳の男の子という「訳あり」に見える奇妙な4人組が登場する。「とうとう来ましたね」という女性の言葉の後、すぐに場面は東京に替わる。本作の始まり方も、最初に「ちょい」重要な場面を、何も分からない観客…
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ナチス裁判を題材に思考停止した表面的正義の危うさを指摘
ヘビースモーカーの政治哲学者の勇気『ハンナ・アーレント』(2013年)
2015/ 4/10
本欄は、映画好きの素人が書く「映画を題材にした随筆」なので、評論家が称賛する芸術性の高い難解な作品は基本的に扱わない。私の能力の問題でもある。以前取り上げた芸術的映画『風にそよぐ草』(2009年)も、いかに監督が一人よがりで、面白くないかを指摘し批判した(中年の女医をストーキン…
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緊密な弦楽四重奏団のアンサンブルの乱れが人生の乱れを巻き起こす
パーキンソン病から広がる波紋『25年目の弦楽四重奏』(2012年)
2015/ 3/12
クラシック音楽に興味のない方は、題名から敬遠されるだろうが、『25年目の弦楽四重奏』(2012年)は人生模様を描いた舞台劇の味をもつ秀作である。音楽好きであればもちろん必見の作。音楽好きでさえ敬遠しがちな弦楽四重奏曲を身近に感じさせる監督の手腕と俳優の演技、弦楽四重奏の持つ音楽的…
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一流スタッフが作り上げた恐怖・怪奇映画の金字塔
顔の皮膚移植術の強烈な描写と詩的映像の傑作『顔のない眼』(1960年)
2015/ 2/12
前回同様、個人的思いを先に少し述べさせていただく。私が1年の浪人生活を経て医科大学に合格した昭和36(1961)年の春、前年秋に封切られた本作『顔のない眼』を二番館(当時は封切後、数カ月してから2本立てで上映する映画館が多くあった)で見た。「これから医師になるのだ!」という高揚した…
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顔を整形した主人公が復讐を試みるボギーの珍作
怪しげな外科医が登場する犯罪映画の古典『潜行者』(1947年)
2015/ 1/15
昔見た映画で鮮明に焼き付いていたと思っていた画面が、見直した時になかったり、思い描いていたものと違っていたりする経験は誰にでもある。また、昔面白いと思った映画を改めて見るとつまらないこともあり、その逆もしかり。最大の原因は、年齢を経た後の理解度と人生観の違いになる。4回にわた…
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映画の黄金時代最後の俳優の死
悪性腫瘍で亡くなった妻の遺言『あなたへ』(2012年)
ロードムービーが繰り広げる訳あり人生の数々
2014/12/16
高倉健が先の11月に亡くなった。享年83歳。2年前、81歳の時に出演した本作が最後になった。監督は初期のやくざ映画から、高倉と20本の映画を撮った降旗康男。『単騎、千里を走る。』(2006年、日中共同制作で、高倉に心酔していた中国のチャン・イーモウと降旗康男の共同監督)から6年ぶりの出演…
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抗うつ剤の副作用が主題か?と思いきや…
精神科の難しさを描いたサスペンス『サイド・エフェクト』(2013年)
2014/11/ 7
『サイド・エフェクト(side effects)』。文字通り「副作用」という題名で、何かと問題が多いSSRI(SNRI)を扱っているとなると、医師(特に精神科医)なら見たくなる、あるいは見なければならないと感じる映画であろう。本作は、前半では純粋に副作用を扱い、ところどころ会話から医師と製薬会…
- 新生児取り違い事件を主題に親子関係を問う 「父親」を考える『そして父になる』(2013年) 2014/10/10 本作は、昨年秋に封切られた話題作。第66回カンヌ国際映画祭で招待作品として上映され、審査員特別賞を受けた。上映終了後は10分間のスタンディングオベーションがあり、是枝裕和監督と主演の福山雅治は涙したという。9年前の第57回の映画祭でも、同監督は『誰も知らない』(2004年)で主演した少…