
【Photo Gallery】 2009.12〜
兵庫県立粒子線医療センター院長
放射線治療医 菱川良夫先生
兵庫県知事の貝原俊民氏(当時)は1993年に、県下で癌による死亡が全国平均を上回っていたことから、新しい癌治療として期待されていた粒子線治療を行う病院を山間の地に造ることを計画した。初代院長として白羽の矢が立ったのが放射線治療医としてキャリアを積んでいた菱川良夫先生だった。
菱川先生はその後7年間、放射線医学総合研究所での研修、行政との調整、病院の構想・設計などに携わり、2001年に兵庫県立粒子線医療センターの開院を迎えた。粒子線治療は巨大な加速器に依存しているため、機械の不調が起こると、全国から来院している患者さんへの治療がストップしまう。加速器の品質管理は最重要課題だった。
放射線技師の須賀さんを中心に、建設段階から加速器メーカーとの交渉を何度も行い、考えられる限りの品質管理を実践した。安全で継続した治療を行うため、加速器の保守・管理に重点を置き、10万点に及ぶ部品を洗い直し作業を標準化した。その過程でさまざまな開発を手掛け、多くの特許を取得した。患者さんに負担をかけることなく、スムーズに治療を施すため、放射線技師の仕事の効率化を徹底した。それらの努力によって患者数を徐々に増やし、今年度は念願の黒字を達成する見込みだ。
治療には自費で約300万円が必要になる。入院後は1週間の準備期間を設け、病気に応じて1〜8週間の治療を行う。多くの癌に効果があり、病状によっては外来治療も可能だ。粒子線治療はピンポイントに照射範囲を設定するので、癌周囲の放射線被ばくが少ない。兵庫県立粒子線医療センターは陽子線と炭素線の両方の治療を行える世界唯一の施設である。治療計画も両方の粒子線について立案し、カンファレンスで比較しながら治療を決定する。その経験から骨軟部腫瘍や悪性黒色種など一部の癌は、炭素線のほうが治療成績が良いことなどが分かってきた。適応疾患、粒子線治療についてなどは、病院のHPを参照していただきたい。
同センターは粒子線治療の先行施設として、鹿児島県指宿の治療施設建設にも協力している。新たな取り組みとして、乳癌治療の固定用プロテクターや、照射法の開発を行っている。また、今年からは本格的に膵癌にも取り組んでおり、今後は難治癌の治療に期待したい。麻酔が必要で、小児科医や麻酔科医の協力が必要になるが、放射線被ばくが少ないという特性を考えると、今後、小児の脳腫瘍などにも粒子線治療が広がることを小児科医として私は期待したい。
■兵庫県立粒子線医療センター院長 菱川良夫先生
若い人材が力を発揮できるように環境を整え、患者さんのために粒子線治療とその研究を日々進めている。週2回、講演に全国各地を飛び回り、粒子線治療の普及に努めている。菱川先生とお話ししていると、確かなビジョンを持つ経営者のようだった。加速器という巨大な機械に依存する治療を揶揄して、菱川先生は「僕は工場長みたいなもんだよ」と笑っていた。
■放射線治療の流れ
1mm以下の誤差精度を保ちながら治療の効率化を進め、今では1日約90人の患者さんの治療が可能となった。治療現場では、患者さんが拍子抜けするほどに時間はゆったりと流れている。放射線技師が治療前にインフォームドコンセントやリハーサルを行うなど、患者さんの治療への理解を深める努力を続けている。初回照射後にPET撮影を行い、照射野を照合して精度を確認している。
■病院を支えるスタッフ
医師、放射線技師、看護師を始めとして、医療と物理の懸け橋となる医学物理士、加速器を管理する技師、研究員など多くの職員が粒子線治療を支えている。患者相談室では治療後の患者さんをフォローするため、カルテや検査結果をやり取りし、患者さんや地元の主治医と放射線治療医との間を取り持つ。看護師が電話で放射線障害の相談などを受け、企業のカスタマーセンターのようにきめ細かな対応を行っている。
■病院らしくない病院づくり
病院の理念にも掲げられているように、設立の段階から「病院らしくない病院」を目指した。ホテルを手掛ける建築士にも加わってもらうなど、患者さんが病院で治療を受けていることを忘れてしまうようなサービスを提供している。県立病院であるが、まるで品質管理、品質保証を追求する企業のような姿勢を私は感じた。