医療統計は臨床現場で不可欠なスキルになっている

科学的に実証された根拠を基にした「根拠に基づく医療(EBM)」を実現するには、医療統計学の知識と実践が必要となる。電子カルテの普及により、患者データの収集は容易になったが、多忙な臨床医が統計分析を活用するためには、教育支援や使いやすい統計ソフトが欠かせない。こうした仕組み作りに積極的に取り組んでいる聖ルカ・ライフサイエンス研究所臨床疫学センター センター長の高橋理氏に話を聞いた。
高橋 理 氏

聖ルカ・ライフサイエンス研究所
臨床疫学センター センター長
高橋 理

1996年 鳥取大学医学部卒業
2005年 米国ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程修了(MPH:Master of Public Health)
2006年 京都大学大学院医学研究科臨床疫学専攻博士課程修了
2008年 英国オックスフォード大学EBMセンターを経て2009年より現職

EBM実践に医療統計の知識は不可欠

──実際に患者さんを治療する臨床現場で統計学の知識は必要でしょうか。

高橋 1990年代になって科学的に実証された根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine:EBM)を行うべきだという動きが起こりました。聖路加国際病院の現院長である福井次矢先生らが中心となり、2000年ごろから日本でもEBMの普及が始まりました。今では医師のプロフェッショナリズムの1つとして、EBMの実践は当然身に付けるべきスキルとされています。その中で、医療統計は、EBMを構築・実践する上で不可欠と考えられるようになってきました。

 実際、2007年に米国医師会誌JAMA(Journal of American Medical Association)が米国の内科医を対象にしたアンケートを実施したところ、95%の内科医が統計の知識が必要だと答えています。ところが、統計の習得に自信があるかという問いには、若い医師でも8割が自信なしと答えています。

 一般にはあまり知られていないかもしれませんが、医学生は教養課程で数学などを学習するものの、医学教育の中では系統立った統計教育は皆無に近く、医学統計の知識をほとんど持たずに医師として臨床現場に出ることになります。

──現場の医師が医療統計の知識を求められるのはどんな場面でしょうか。

高橋 まず論文やデータを見てそれをいかに診療に応用するかを判断するためには論文やデータをきちんと解釈できなければなりません。それが最初に身につけるべき知識です。さらには、十分なエビデンスがない臨床領域で、新たにエビデンスを作り出すことが求められます。

 EBMの根拠となるエビデンスとして最も信頼度が高いとされるのは、無作為化比較試験(RCT)と呼ばれる臨床試験ですが、対象と試験参加者の条件を厳密に設定するため、私たちが実際に診療している“リアルワールド”の患者さんとはずれる場合があります。このため、実際の患者さんの診療結果を記録した電子カルテのデータベースを基にしたエビデンス構築も重視されてきています。

──リアルワールドのデータからエビデンスを構築するために特別な配慮は必要ですか。

高橋 医療現場では、患者さんが同じ頻度で来院しなかったり、希少疾患では十分な症例が集まらなかったりします。このため、欠損があっても欠損がない場合に近い分析ができる統計手法が求められます。また、最近注目されている傾向スコア(プロペンシティスコア)による分析などは、リアルワールド・データを活用するのに適しているとされています。

統計ソフトを使った実践的な統計教育が有効

──エビデンスを生かすためにも若い医師への統計教育が重要ですね。

高橋 聖路加国際病院では、研修医に対して初期研修課程の2年目で、データベースを使った臨床研究を必修にしています。1年をかけて研究を行い、プレゼンテーションを行って修了となります。当院では電子カルテから分析できる形でデータを抽出できるようにしているので、SPSSなどの統計ソフトを使って抽出したデータを分析してもらいます。

 また、後期研修医については、臨床疫学センターをローテートの対象部門にしていて、希望者が2カ月間回ってきます。初年度は4人の応募でしたが、今年は18人に増えました。

 入ってきた研修医に聞くと、診療の知識とともに医療統計の知識を身につけたいというニーズが高まっているようです。論文投稿や学会発表などの学術活動や、エビデンスを生み出すリーダーシップを発揮する上でも医療統計の知識がキャリアアップに重要だと認識されてきています。

──具体的な教育法はどうされていますか。

高橋 講義中心ではなく、統計を実際にツールとして使うことが、医療者として取り組みやすいパターンであることが分かっています。そこで、研修医だけでなく医療従事者全体を対象にしたワークショップを開催しており、統計ソフトを使った実践的な学習を実施しています。初級コースとアドバンスコースを設けていますが、特に初級コースはキャンセル待ちになるほどです。

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