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読売新聞のPET関連記事 (3月3日夕刊)について

 読売新聞の3月3日付け夕刊に「国立がんセンター(東京)の研究によれば、PETのがん検診でがんの85%が検出できなかったことが分かった」というセンセーショナルな記事がのりました(http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060303ik07.htm)。
 これに対し、PET画像診断フォーラムのメンバーの先生方から、この記事の誤りを指摘するご意見が多数よせられ、既に陣之内正史先生(厚地記念クリニック・PET画像診断センター)のご意見を紹介しました。今回は、村上康二先生(獨協医科大学病院・PETセンター長)にデータの解釈の面から、見解を述べていただきました。

読売新聞のPET関連記事について 〜データの側面から〜
獨協医科大学病院 PETセンター長 村上康二先生
 
1.3月3日の記事について
 
 まず、読売新聞3月3日(夕刊)の記事からデータのみを拾ってまとめると、次の表のようになります。
新聞から読み取れるデータ(表1)
疾患
PET陽性(率)
癌陽性
大腸癌
4(13%)
32
胃癌
1( 4%)
22
肺癌
6(21%)
28
甲状腺癌
4(36%)
11
全癌
23(15%)

PET陰性 (85%)
150
国立がんセンター 2004年2月〜(1年間)約3,000名
民間医療機関のPET陽性率 64% 48%

 このようなデータが与えられた時、通常一般の人は、次のような思考過程をたどるのではないでしょうか。取材先は我が国の癌研究の最高権威―――国立がんセンターである。取材者は芸能誌やスポーツ紙ではなく、これも我が国有数の新聞社である読売新聞社の記者であり、しかも夕刊1面である。そのような信頼できる情報によれば、今まで癌発見の切り札のようにいわれてきたPETというのは、実は85%も見逃しがあって役に立たない代物だ。これは野球でいえば、打率2割にもいかない選手が法外な金を請求しているようなもので、全くけしからん。誰がそんな検査を受けるものか・・・と。もはや一番最後に、けちを付けられた時の用心のために書かれた、「民間医療機関のPETによる癌陽性率が、64%と48%とがんセンターの3倍〜4倍以上も高い」ことには、疑問もいだかないでしょう。

一方、我々、放射線科専門医や核医学専門医は次の3点に注目します。

 
1.

全癌検出率
 5%(150/3000=0.05)という検出率は通常の検診施設の倍近いわけですが,これは国立がんセンターの内視鏡の専門家、胸部CTの専門家など、各検査のエキスパートが徹底的に早期発見すべく必死になって見つけたものだからこそなし得た数字です。

 

(1)全癌検出率

(2)PET癌検出率 偽陰性率((1)-(2))/(1)
国立がんセンター
(読売新聞データより)
2004年2月より1年間
約3000例
5.00
(150/3000)
0.77
(23/3000)
84.7
山中湖クリニック
1994年10月〜2005年9月
9536例25516回実施
3.30%
1.55%
53.0%
西台クリニック
2000年10月〜2005年3月
18210例,平均年齢54.5±10.8歳
(男性9735例、女性8475例)
1.30
0.87
33.1
厚地記念クリニック
2002年6月〜2005年12月7082例,平均年齢57.8歳
(男性3342例、女性3740例)
2.23
1.71
23.4
セントラルCIクリニック
2004年10月〜2005年8月
779名,平均年齢56歳
2.70
1.80
33.3

(施設によってPETに組み合わせている検査内容が異なるので、一概に検出率が高い施設が良い検診をしているというわけではありません。また、高齢の受診者が多い施設では、癌の発見率が高くなると予想されます。)

2. 国立がんセンターのPETによる癌陽性率
 この値は15%と民間医療機関のPETによる陽性率 64% 48%との間に余りにも差があり,本来なら異常ともいえます。申し訳程度に理由は書いてありますが、これだけ違うものをデータとしてあげるからには、もう少し詳しい説明が必要です。
 検診患者全体に対してPETで癌が見つかった割合、すなわちPET癌検出率(23/3000=0.0077)0.77%という値は、通常の検診施設の検出率(1%台〜2%台)に比べると低すぎます。
3. 不足しているデータ、背景はないか
 読売新聞が公表した以外のデータは、現在不明ですが、実はこのデータは、既に中間発表の形で国立がんセンター・がん予防検診センターから公表されています。最終的なデータは国立がんセンターが集計して公式に発表するとのことなので,混乱を避けるためここではあえて触れず,概略のみを述べます。
 まず読売新聞に出ているものを青文字、漏れているものを赤文字で表すと,PET陰性例(PETで分からず他の検査で癌が発見された例)が多いのは、肺癌大腸癌胃癌食道癌などの消化器癌、そして前立腺癌などです。前立腺癌胃癌などは、PETが不得意とする癌なので当然の結果です。
 一般の人が分かりにくいのは、「何故PETが得意とする肺癌大腸癌で検出率が低いのか」でしょう。順に説明すると、肺癌はらせんCTの細かい断面でPETでは分かりにくい早期肺癌といわれるGGO(すりガラス状陰影)まで全て見つけています。それから消化器癌に関しては、内視鏡で色素までまいて徹底的に調べ、非常に小さな癌まで見つけています。これは通常の検診では行わない,精密検査の診断レベルです。全体として、PETのにがてな癌、PETでは検出できない小さな癌まで発見され、それらの割合が多いため、相対的にPETで分かったのが15%と値が低くなったわけです。
 つまり記事に記載されている数字自体は間違っていないのですが、統計データの元となる母集団が一般施設と比べて明らかに偏りがある(精密検査レベルでようやくわかるような小さな癌が多い)ことを明記していない点が重大な問題であるわけです。
 最近、何人かの患者さんにお聞きしたところでは、やはり大見出しをつないで、「あの国立がんセンターの調査で、PET癌検診は85%の見逃しがある」という回路が形成されていたようです。補足として、「なぜ早期癌や小さな癌を見つけて文句があるのか」という質問があると思いますので、それについてがんセンターの見解*をご紹介しておきます。
*がん予防・検診センターで発見されたがんの約9割以上が早期癌で進行がんはごく僅かでありますが、 これは症状のない人に高度な精密検査を組み合わせて検診を行っているためです。がんの定義自体、 非常に難しいことですがこのようにしてみつかったがんは早期がんの中でもとりわけごく早期のものと考えられます。 そういったがんはまだ本格的な悪性の性格をもっておらず、精密検査をもってしても陽性に出にくく、 まして精密検査以外の検査では陽性率が低いのはむしろ当然です。 こうした微少なごく早期のがんのふるまいはよくわかっておらず、放置しても進行がんにならないものもあることが指摘されています。 このように当センターで発見されたがんには通常のがん検診よりもごく早期のがんが多数発見されていることから、見かけ上感度は相当低くでています。 専門家の間の議論はともかく、一般の皆さんにデータの数字を十分に理解していただくには相当の説明と解釈の留保が必要なのです。
 
2.3月6日の記事について
 
 また、読売新聞3月6日夕刊( http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/20060306ik0d.htm)には、私のコメントも2行くらい出ているので、これについて少し触れさせて頂きます。
この2行だけみるとあたかも私が記事の内容をすべて正しいと認めた上で追加したコメントのように受け取られかねません。しかしながら私はこの記事の取材(電話取材)において,以下のコメントを述べました。
 
1. がんセンターの症例は前立腺癌や早期胃癌など,PETでははじめから検出が困難と言われている症例が多く含まれている。また癌のエキスパートが精密検査のレベルで小さな癌をみつけるべく行った検査であるから,大腸癌や乳癌などもかなり小さいものが含まれ,母集団としてはかなりバイアスが大きい。
2. もともとPETは小さな癌を見つけるための検査ではなく,1度の検査で広い範囲の癌を,楽にスクリーニングする事にメリットがある。検出率が悪いから役に立たないと言うのはおかしい。
3. もちろん現在のFDGだけでは限界があるので,今後も新しい薬剤や機器の開発が必要である。
といった回答を致しました。
 
ところが記事に載ったのは、補足的に付け加えた最後の部分だけであることは、実際に記事をご覧頂けばわかることです。要するに、最初からある程度のシナリオは出来ていて、それに適したコメントだけが使われてしまったというわけです。
 
3.結論
 
1. 今回の読売新聞の一連の報道は、最初から「PET検診たたき」の意図があったものと思われ,一般の方にPETが役に立たないような誤解を与えかねません。マスコミの方に聞くと、「よくあること」という答えが返ってきますが、我々、科学の世界に生きる者にとって、バイアスのあるデータをもとに議論を展開することは、断じて許されない事柄です。今後、正確な情報を報道することを切に望みます。
2. 現在、全国で行っているPET癌検診のほとんどは核医学会のガイドラインに基づいたものです。ガイドラインではPET単独では診断できない癌もあるため、 PET単独での検診は推奨していません。そのため、最近導入される機械のほとんどはPET/CTとなり、各施設はPETの弱点を補うため、CTの他、MRI、超音波など他の検査法を組み合わせて、見逃しを防ぐ対策を行っています。陣之内先生のご指摘のように、記事では全然このことに言及しておらず、PET癌検診が85%も癌を見逃すかのような印象を与えていますが、そのようなことはあり得ません。
3. 記事では検診の良し悪しは「検出率」で決まるような印象を与えますが,これは正しくありません。例えば,ある癌の検出率が2%で苦痛を伴う検査と,検出率が1.8%で楽な検査とでは皆さんはどちらを選びますか? 人によっては多少検出率が悪くても,楽な検査を選ぶかもしれません。つまり人間ドックの場合には検出率だけでは判断できない場合があるのです。さらに,内視鏡検査はまれですが死亡例も報告されています(2454万件中520件:0.002%;ただし内視鏡治療も含む)が,PET検査は死亡例0のきわめて安全な検査です。検診の場合,安全性が高いことも重要な要素です。
4. 今回の記事は「検診目的のPET検査」に対する記事ですが,一般の方々には「癌の精密検査目的のPET検査」まで同じように有用性が低いものと誤解された可能性があります。PETの本来の目的は癌の精密検査として,CTやMRIで分からない再発や転移の診断に用いることであり,現在10種類の癌で保険適用となっています。今年4月の保険改訂で医療費抑制を推進している厚生労働省が、さらに婦人科癌(子宮癌、卵巣癌)および食道癌にPETの保険適応の拡大を認めたのも、PETが癌診断に有用性が高い証左だと考えます。精密検査目的のPET検査の有用性が高いことは、読売新聞も以前に報道しています(http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/sa511701.htm)。
5. PET検診施設の中には、以前「究極の癌診断」とか「全身の数ミリの癌が分かる」などという過剰な宣伝をホームページに載せていたところが確かにありました。また、マスコミも「魔法の診断装置」的な扱いで、PETの実力以上の能力を喧伝していたきらいもあります。
このような傾向の反動として、今回の記事が作られたのではないかという点は、我々も反省しなくてはいけないのではないかと考えます。今後は、あらゆる機会を通じてPETの正しい知識が浸透していくように努力したいと思います。