■最先端のがん治療
 
 

 「前立腺」は、膀胱のすぐ下の尿道を取り囲んでいる男性固有の臓器で、精液の主成分となる「前立腺液」を作っている。食の欧米化と高齢化で、日本人の前立腺がんは増えており、2005年には3万7000人以上の人が前立腺がんと診断されたとみられている。
 同じ前立腺の病気でも、「前立腺肥大症」の場合は、前立腺の内側の尿道に接した部分が肥大するため、初期のうちから排尿障害が見られるので分かりやすいが、前立腺がんの場合、前立腺の辺縁部分、特に直腸に接する部分や先端の前側に発生しやすいため、早期には症状が現れにくいことが早期発見のネックだった。
 しかし、ここ10年で画期的な検査法「PSA検査」と早期がんに効果的な治療法「小線源療法」が登場し、早期発見、早期根治の可能性は著しく高まっている。小線源療法では日本で先駆的存在の一人、東京慈恵会医科大学放射線医学講座講師の青木学氏に、前立腺がん検査、治療の最先端を聞いた。

―前立腺がんの早期発見に、血液検査でPSA(前立腺特異抗原)を調べる方法が有効とされていますが、一般の健康診断では必須項目にはなっていません。なぜでしょう。

青木 PSAスクリーニングは10年ほど前から普及し始めた検査法で、人間の体の中では前立腺だけが作り出すPSAという物質が、がん細胞によって過剰に分泌されることを利用した検査法です。

 ただ、前立腺がんというのは、非常にゆっくり成長するがんで、成人になったころにがん細胞が発生して、直径1センチになるまでに30年ぐらいかかります。そして、ある時期に加速的に増殖するので、スクリーニングを過剰にしてしまうと、治療のいらない人に治療してしまう可能性も出てきます。

 前立腺がんの治療歴がなく他の病気で亡くなった人の解剖結果によると前立腺がんが発見される比率は3〜4割に上るというデータもあります。治療するか、そのままにしておくべきかの境目をどこにするかというコンセンサスは、ようやく最近形成されつつあるという状況です。

―具体的には、どのようなタイミングで検査を受ければよいのでしょうか。

青木 父親や兄弟に患者がいるなど遺伝的な要素のある男性は罹患率が2倍になるため50歳前から、それ以外の男性は50歳からPSA検査を受けるべきです。一般論としては、PSAが4.0ng/mlを超えたら要生検(病理組織診)と言われています。しかし、たとえばそれが4.0ぎりぎりで、その数値が倍になるのが2年以上かかるのであれば、生検を急ぐ必要はないわけです。PSA検査を続けて様子を見るという選択肢もあります。PSAは10未満なら低リスクと診断されますから、4.0から倍になっても根治は可能です。

腰椎麻酔で3日で退院ほとんどが早期合併症のみか無症状

―低リスクの限局がんに有効な新治療法、小線源療法について教えてください。

青木 これまでは、他の臓器に転移が認められない限局がんの場合、手術、放射線治療、ホルモン治療の3つの選択肢がありました。

 手術は、最も標準的で効果も期待できる方法ですが、患者の体力を必要とします。手術時間は3〜4時間、入院は2〜3週間程度必要です。また合併症として、1割程度の人に尿漏れ、半数以上の人に勃起不全が現れます。

 外部放射線治療は、体の外から前立腺にX線などの放射線を照射してがん細胞を死滅させる方法で、限局がんでは根治手術に近い成績を上げられると言われています。排尿痛、排尿困難などの早期合併症は出ますが、1〜2ヵ月で改善します。頻度は低いものの、尿道狭窄、勃起不全などの晩期合併症が現れる可能性もあります。週5日程度の通院治療を約7週間続けなければならないことが難点です。

 ホルモン剤は、前立腺がんを増殖させる男性ホルモンの分泌を抑制し、前立腺の細胞に男性ホルモンの影響が及ばないようにして、がんを縮小させ、進展を防ぐ方法です。ホルモン剤のみによる根治は難しく、また火照りや発汗など合併症も少なくありませんが、他の治療法と組み合わせることでより大きな効果を上げることが分かってきています。

 これら従来の治療法に対して新しい治療法である小線源療法は、放射線療法の一種で、前立腺の中に放射線を発する小さな線源を埋め込み、内部から照射する方法です。米国では15年以上前から行われており、一流病院であれば低リスクの前立腺がんの治癒率は90%以上に達しています。日本では2003年7月から受診が可能になり、健康保険も適用されています。

―具体的な治療法を教えて下さい。

青木 「ヨウ素125」という放射性同位元素を密封し、微弱な放射線を発する「シード線源」と呼ばれるチタン製のカプセルを前立腺に埋め込みます。シード線源の大きさは、長さ4.5mm直径0.8mmで、前立腺の大きさにもよりますが、50個〜90個を埋め込み、治療終了後も永久に前立腺の中に留置されます。

 実際の治療は、まず治療効果が高く、周囲の臓器への放射線の影響が最も小さい埋め込み位置をコンピューターで決めます。腰椎麻酔をかけ、肛門と陰のうの間の「会陰部」に約20本の針を差し込み、経直腸超音波プローブの画像で位置を確認しながら、その針を通してシード線源を埋め込んでいくのです。治療時間は2時間程度で済み、3日後には退院できます。

 シード線源から出る放射線は微弱で、2ヵ月毎に半減し、6〜8ヵ月後にはほぼゼロになります。にもかかわらず、24時間240日間照射し続けることで、手術や外部放射線照射療法と同等の効果が得られるのです。

―合併症のリスクはいかがでしょう。

青木  この2年半で約270例を手がけ、そのうち4分の1程度の患者さんはつらい症状もなく、「私は本当にこれで治ってしまうのでしょうか」という様な反応をされます。1〜3ヵ月は頻尿に悩まされ、「やっぱりつらかったけど、このぐらいでおさまるなら平気です」という人が残りのほとんどという状況です。また、勃起不全の可能性が一番低いことが、米国で小線源療法が盛んな理由だという話も聞きます。

―小線源療法で治療してくれる病院が少ないのが不安です。

青木  当初は診療報酬が不当に低く設定されていたため、導入に二の足を踏む病院が多かったのですが、今年春の診療報酬改定で是正されましたので、今後は導入する病院は増える一方だと思います。治療は30例で手技に慣れ、100例手がければ高い成績が期待できると言われていますので、普及は時間の問題でしょう。こと前立腺がんに関する限り、PSA検査で早期発見し、小線源療法で早期根治するというパターンが、すでに米国でそうであるように、今後のゴールデンスタンダードの一つになると思います。