◆新たに盛り込まれた医療関連肺炎(HCAP)◆

◆初期の適切なエンピリック治療が死亡率を低下させる◆

◆初期のエンピリック治療で抗菌薬を積極使用し、その後、抗菌薬を絞っていくDe-escalationが重要◆

◆大部分の院内肺炎で必要となる広域スペクトルのエンピリック治療◆

◆MRSA肺炎治療において利点が多いリネゾリド◆

◆米国で新たな問題となりつつあるPVL産生MRSA肺炎◆

[座長]
齊藤 厚
日本赤十字社長崎原爆諫早病院
院長
  [演者]
Michael S. Niederman,M.D.
Chairman, Department of Medicine,
Winthrop University Hospital
Professor and Vice-Chairman,
Department of Medicine, SUNY at
Stony Brook

米国胸部学会(ATS)と米国感染症学会(IDSA)は、2005年2月、HAP(Hospital-Acquired Pneumonia:院内肺炎)、VAP(Ventilator-Associated Pneumonia:人工呼吸器関連肺炎)、HCAP(Healthcare-Associated Pneumonia:介護施設肺炎)の新しい治療ガイドラインを共同で作成し、発表した。このガイドラインの作成に参加したNiederman氏は、本講演で、多剤耐性菌による院内肺炎の治療における広域スペクトル・エンピリック(De-escalation)治療の重要性に重点を置いてガイドラインの要点を紹介するとともに、MRSA肺炎治療の最近の進歩について述べた。
(2006年6月4日:東京国際フォーラム 共催:第46回日本呼吸器学会学術講演会/ファイザー株式会社)


◆新たに盛り込まれた医療関連肺炎(HCAP)◆

図1

 ATS/IDSAの院内肺炎治療ガイドラインには、新しくHCAPの診断・治療が盛り込まれた。HCAPは、「発症前90日間に2日以上の入院歴がある」「介護施設から入院」「透析・外傷治療中」などの背景をもつ患者に発症した肺炎と定義される(図1)。これらの背景をもっていれば、入院時にすでに肺炎を発症していた場合もHCAPに含めるが、従来のガイドラインでは、これらの肺炎はCAP(Community-Acquired Pneumonia:市中肺炎)とされ、必ずしも多剤耐性菌を念頭に置いた治療がなされていなかった。しかし、これらの背景をもった肺炎は、多剤耐性菌による肺炎のリスクが高いことが明らかになっている。
 多剤耐性菌として、同ガイドラインでは緑膿菌、アシネトバクター、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の3つが重視されている。また、“Appropriate(適切な)治療”と“Adequate(十分な)治療”という概念を導入した。原因菌の薬剤感受性パターンに合わせた抗菌薬が選択された場合をAppropriate治療と呼ぶ。しかし、効果を得るにはそれだけで十分ではなく、正しい抗菌薬の選択、正しい投与量、正しい投与タイミング、感染組織への十分な移行が必要であり、抗菌薬の併用が必要な場合もある。そうした条件を満たした治療がAdequate治療にあたる。
 Adequate治療で最も重要なのは、抗菌薬の適切な投与量であり、このガイドラインには、臨床研究の結果に基づいて、米国人重篤例における抗菌薬の投与量も記載した。

◆初期の適切なエンピリック治療が死亡率を低下させる◆

 ハイリスク多剤耐性菌を原因菌とする肺炎の死亡率に最も大きな影響を及ぼすのは、初期の抗菌薬治療の適切性(Appropriateness)である。初期に適切な抗菌薬によるエンピリック治療が行われなかった場合には、死亡率はきわめて高くなる。Relloらの研究では、VAPでMRSAを原因菌とする群とそれ以外の菌を原因菌とする群が比較された。その結果、MRSAを原因菌とする群は死亡リスクが約4倍も高かった。また、この研究では、患者は全例バンコマイシンで治療されているが、持続点滴群での死亡率25%に対し、間欠投与群の死亡率は55%と極めて高くなっている。この結果は、死亡率が、原因菌だけでなく、治療法によっても大きく変わることを示している。
 初期のエンピリック治療で、間違った治療が最も行われやすい原因菌は、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、アシネトバクターの3つであり、これらの菌は耐性菌であることが多い。そのために死亡率が高くなるが、それは耐性菌の毒性がより強いためではなく、初期のエンピリック治療において耐性菌に対する考慮を欠き、Appropriate治療の開始が遅れることによっている。

◆初期のエンピリック治療で抗菌薬を積極使用し、その後、抗菌薬を絞っていくDe-escalationが重要◆

 早期にAppropriate治療を開始するためには、抗菌薬を積極的に使う必要がある。しかし、患者によっては過剰投与を引き起こし、また過剰投与によって耐性菌が増加する可能性もある。耐性菌が増加すれば、治療がさらに不適切になり、さらに広域の抗菌薬併用が必要になる可能性が生じ、悪循環に陥りかねない。
 この悪循環を断ち切るには、初期のエンピリック治療で抗菌薬を積極的に使用し、その後、培養検査の結果などをみて使用抗菌薬を絞っていくDe-escalation治療が重要になる。De-escalation治療は、初期の抗菌薬使用量は多くなるが、治療期間を通してみれば、むしろ抗菌薬の使用量は抑制され、治癒率はより高く、治療期間はより短くなる。
 初期治療の重要性を示す報告がある。Micekらは、VAP患者を早期投与中止群150例と対照群(従来治療)140例に分け、両群ともセフェピム、シプロフロキサシンまたはゲンタマイシン、バンコマイシンまたはリネゾリドの3剤投与による治療を行った。早期投与中止群では、感染症状の消失(体温38.3℃未満、白血球1万未満、胸部X線像が安定または改善、膿性痰の消失、P/F酸素分圧比250超)を認めたときに抗菌薬治療を中止し、対照群では従来通りの治療とした。早期投与中止群と対照群で、原因菌としてMRSAが占める割合はそれぞれ20.7%、18.6%、緑膿菌が占める割合はそれぞれ10.7%、13.6%であった。この検討の結果、早期投与中止群では抗菌薬投与日数は6日、対照群では8日と大きな差はなく、死亡率、入院日数、2次的な感染の発症に関しても、両群に有意差は認められなかった。注目すべきは、初期の3剤による治療でのAdequate治療率が93.5%に達したことである。この結果は、初期の治療が正しければ、その後に使用する抗菌薬の絞り込みや中止が可能なことを示している。

◆大部分の院内肺炎で必要となる広域スペクトルのエンピリック治療◆

図2
図3

 ガイドラインでは、HAP、HCAP、VAPのエンピリック治療のアルゴリズムが示されている(図2)。HAP、HCAP、VAPが疑われ、エンピリック治療を行う場合、まず入院5日目以降に発症した肺炎(Late-Onset Pneumonia)であるかどうか、また多剤耐性菌感染のリスクファクター(図1)が認められるかどうかを判断し、Noであった場合には狭域スペクトルの抗菌薬治療、Yesであった場合には多剤耐性菌を念頭に置いた広域スペクトルの抗菌薬治療を行う。
 狭域スペクトル治療の対象となるのは、グラム陰性菌(緑膿菌は除く)、インフルエンザ菌、MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)、肺炎球菌が原因菌となっている症例である。典型的な例は、若年健常者が交通事故で頭部外傷を負い、挿管治療を受けていて3日目に肺炎を発症したような場合だ。このような例では、原因菌として多剤耐性菌を疑う必要はなく、狭域スペクトル治療の対象となる。
 狭域スペクトル治療は単剤を基本とするが、緑膿菌の場合はアミノグリコシド系薬とβラクタム系薬の併用が推奨される。その場合でも、ガイドラインでは、アミノグリコシド系薬は5日間で中止し、De-escalationに基づいたβラクタム剤による単剤治療に移行すべきであるとしている。アミノグリコシド系薬は組織移行性や毒性が問題となるからである。
 HAP、HCAP、VAPの大部分は、Late-Onset Pneumoniaであったり、原因菌として多剤耐性菌が疑われるため、広域スペクトルのエンピリック治療の対象になる。培養検査の結果が出たら、広域スペクトルのエンピリック治療から、De-escalationによって狭域スペクトル治療に移るが、重症の肺炎において効果が立証されている単剤治療は限られていることに注意しなければならない。
 広域スペクトルのエンピリック治療で使用する抗菌薬として、ガイドラインでは緑膿菌とアシネトバクターを念頭に置いて、アミノグリコシド系薬または抗緑膿菌効果を有するキノロン系薬とβラクタム系薬などの併用を推奨している。また、MRSAを念頭に置いて、リネゾリドまたはバンコマイシンを推奨している(図3)
 抗菌薬の選択では、最近の投与歴がないものを選ばなければならないが、特に問題となるのはキノロン系薬である。演者らが2005年に発表した研究結果では、ICU患者240例中77例に多剤耐性菌が出現しており、多変量解析によってフルオロキノロンの投与が多剤耐性菌出現のリスクファクターになっていることが判明した。すなわち、フルオロキノロンはキノロン耐性を誘導しやすいだけでなく、多剤耐性も誘導しやすいことになる。フルオロキノロン投与群では、MRSA、ESBL(extended spectrum beta lactamase:基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生大腸菌の出現も多かった。
 この結果は、ICU治療において、キノロン系薬は1回目の感染の治療では使用しない方がよいことを示唆している。1回目の感染の治療でキノロン系薬を使用した場合、2回目の感染の治療において、キノロン系薬だけでなく、他の抗菌薬による効果も期待できなくなる可能性が高くなるからだ。
 この研究結果はガイドラインの発表と同時期の発表であったために、ガイドラインには反映されていない。ガイドラインでは、緑膿菌に対してアミノグリコシド系薬あるいは抗緑膿菌作用を有するキノロン系薬を推奨している。しかし、キノロン系薬よりもアミノグリコシド系薬と緑膿菌に抗菌力を示すβラクタム系薬の併用を重視すべきだろう。
 またガイドラインでは、アシネトバクターに対してはカルバペネム系薬が望ましいが、耐性菌が増加しているのでコリスチンが選択薬になりうるとしている。

◆MRSA肺炎治療において利点が多いリネゾリド◆

図4
図5
図6

 MRSAに対しては、リネゾリドあるいはバンコマイシンが推奨されているが、リネゾリドの方が利点は多いとしている。バンコマイシンは腎毒性が問題となるからだ。
 いくつかの臨床試験におけるバンコマイシンの腎毒性発現率をみると、1~10%であり、一般に低いといえる。しかし、アミノグリコシド系薬を併用した場合、腎毒性の発現率は20%以上になりやすいと報告されている。また院内肺炎のエンピリック治療では、先に述べた理由により、緑膿菌に対してキノロン系薬よりもアミノグリコシド系薬の選択が推奨されるため、バンコマイシンの選択は腎毒性が問題となる。
 Kollefらが、グラム陽性菌によるVAPの疑いがある患者1019例において、バンコマイシンとリネゾリドを比較した研究の結果では、MRSA・VAP症例の治癒率はリネゾリド群62.2%、バンコマイシン群21.2%であり、リネゾリドの優越性が浮き彫りとなった(図4)。生存率は、VAP患者全体では両群間で大きな差は認められなかったが、MRSAを原因菌としたVAP患者でサブグループ解析を行った結果ではリネゾリド群の方で高かった。こうしたデータに基づいて、ガイドラインでは、MRSAによるVAPに対してはバンコマイシンよりもリネゾリドの方が有用性は高いと位置づけられた。また、リネゾリドによる治療は、バンコマイシンによる治療より医療費が少なくてすむ利点もある。
 リネゾリドとバンコマイシンの体内動態をみても違いがある。バンコマイシンは肺への移行性がよくなく、抗菌効果の発現が遅い難点がある。VAP患者32例を対象に、培養検査を診断時(第1回)、治療開始後2~5日(第2回)に行った研究の結果を見ると、18例では第2回の検査で菌は消失していなかった。この18例中11例は原因菌がMRSAであり、全例がバンコマイシンで治療されていた。バンコマイシンで治療されたMRSA例は全体で14例なので、第2回の検査で菌が消失していたのは3例のみということになる。第2回の培養検査で菌が消失していると死亡率が約半分になり、原因菌がMRSAの場合は、この率はさらによくなることから、このデータは重要である。
 一方、リネゾリドは肺への移行性に優れている。健常ボランティアにリネゾリドを投与して動態をみた結果では、肺胞上皮粘液中の濃度は24時間後においても血漿中濃度に比べ約4倍も高かった(図5)。重症VAP患者16例でみた結果では、リネゾリドの肺胞上皮粘液中の濃度はこのように高くならなかったが、それでも血清中濃度と同レベルに達していた(図6)

◆米国で新たな問題となりつつあるPVL産生MRSA肺炎◆

 米国では、MRSAを原因菌とするCAPが問題となりつつある。
 CAPのMRSAは、院内肺炎の原因菌とは別の菌株(U.S.A.300)であることがわかっており、病原性、毒性がより強い。PVL(Panton-Valentine Leukocidin)と呼ばれる毒素を産生し、両側性に壊死性の肺炎を生じさせる。現状では、このMRSA菌株は主に皮膚感染症の原因菌となっており、肺炎の原因菌となっている例は少ない。しかし、今後、肺炎の原因菌となる例が増え、院内肺炎の原因菌となってくることも予想される。これまでに4例の報告があるが、このうち3例はインフルエンザ後に発症、1例はVAPとして発症している。
 治療では、MRSAに対する抗菌力と毒素産生の抑制が必要となり、バンコマイシンの場合は、クリンダマイシンを併用しなければならないが、リネゾリドは毒素産生を抑制する効果も有するので、単独で使用できる。
 報告されている4例では、当初、バンコマイシンによる治療が行われ、3例では効果が得られなかったため、2例はリネゾリドに切り替えられた。また、1例ではクリンダマイシンが追加された。その結果、3例とも回復している。
 MRSAは院内肺炎の原因菌として、すでに非常に重要な位置を占めているが、今後、このような新しい問題への対応も必要となってくるだろう。

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