安土桃山時代の医師施薬院全宗(せやくいん/やくいん ぜんそう)(1526〜1599)は秀吉の寵臣として勢威をふるった。近江国に生まれたが出自や経歴は明らかでない。

 長じて比叡山薬樹院の住職となったが、このとき「秀吉も信長のように叡山を焼討ちにするらしい」との噂が流れ、僧たちは戦々恐々としていた。全宗は秀吉に直訴すれば叡山を守れるかもしれぬと考え、京の名医とうたわれた曲直瀬道三(まなせどうさん)の医塾啓迪院(けいてきいん)で修業をした。

色好みの秀吉に女を世話した侍医の画像

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