今でも、毎日のように思い出す患者さんがいる。忘れることはできない。その患者さんと出会い、その方が亡くなったのは、私が茨城県立中央病院に外科医として勤務していた1976年、大学を卒業して7年目のことである。

“結核”が頭に浮かばず対応が後手にの画像

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