一般外科医として1964年に医師のキャリアをスタートした作田善雄氏。約10年働いた後、脳神経外科に興味を持つ。当時、日本人の死因第1位は脳卒中で、脳神経外科が脚光を浴び、専門医も定着しつつあった。そこで作田氏は、美原記念病院(群馬県伊勢崎市)や東北大に国内留学し、脳神経外科専門医を取得。45歳で山形県の長井市立総合病院の脳神経外科部長になった。

病院経営に嫌気、趣味の造園に没頭の画像

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