私は大学卒業後、医局に属さず、横須賀米海軍病院でインタ−ン、その後米国で内科レジデントになるという道を選んだ。卒業後すぐ大学に入局することが当然だった当時(1979年)、それ以外の選択は真っ当な医師の道を外れることであり、周りからは奇人扱いされた。

少しのリスクをとれば、その先に大きな転機があるかもしれないの画像