卒後3年目に働くことになった病院の救急科は、常勤医は私、同期、部長の3人のみという小所帯でした。その病院を私が去る頃には10人近くにまで拡大していましたが、科全体としての動きは何となくスローになったように感じられました。自分の気持ちも緩んで自己嫌悪に陥っていた時期でもあり、「卒後5年目とは、このように感じる時期なのか」と、そのときは勝手に納得していましたが…。

駅伝に学ぶ、スタッフの「社会的手抜き」の減らし方の画像

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