2015年10月、東陽会東病院は50周年を迎える。1945年、大阪陸軍幼年学校にて終戦を迎えた父が、原爆投下直後の広島を通り福岡に帰宅した。大きな悲壮感の中、旧制高等学校の福岡高等学校へ通い、熊本大学医学部を卒業したのだろう。卒業後は、熊大第二外科に入局して、医局員としていくつかの病院を回り、最後に荒尾町立病院に勤務した。1963年には三井三池炭鉱の炭塵爆発が起きた。死者が485人に上った大惨事を、炭鉱に最も近い病院で経験したようだ。

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