私は2005年に地元の大学の看護学科を卒業後、大阪市内の大学病院に就職しました。配属されたのは救急病棟でした。同病棟では、CPAOA(来院時心肺機能停止)や外傷、薬物中毒で救急搬送された入院患者のほか、周辺病院から重症化した敗血症、重症急性膵炎など全身管理が必要な患者の転院を受け入れていました。35人ほどの看護師が初療対応、救急病棟での患者の受け持ち、さらに当時は血管造影室の検査介助も交代で行っていました。

臨床5年目に直面した「越えられない壁」の画像

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