人は夢を見るが見続ける人は少ない

田村正明(産婦人科医、ブロガー)

 人の士気を鼓舞する文章があるとすれば、それはこの本の中にある。

 僕は偶然にも自分の留学中に、この本の元となるブログを読んだ。海外での生活が一番大変だった頃で、彼の文章は心に染み入った。人は夢を見るが、夢を見続ける人は少ない。僕らが最後に見た夢はいつだったろうか。

 小野雅裕の『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)は、アメリカへ渡り学費もないところから大学院に入学し、失った自信を取り戻しながら挑戦を続け、やがて宇宙研究の道を歩み始める筆者の物語である。

 ウッディアレンは「宇宙のことを知りたい人がいるなんて信じられない。チャイナタウンでさえ迷子になるのに」と言った。この筆者は宇宙を知りたいという思いを溢れんばかりに持っていた。その思いはまるで純度の高い燃料のようだった。何かに挑戦する直前まで、人は皆、夢への燃料を誰よりも持っているはずだと自負している。それは大きな熱量を秘めているのだ。

 しかし、その燃料に火をつけるのは容易なことではない。その現実を知るのは実際に夢の世界へ船出してからだ。エネルギーの高い燃料を多く積み過ぎていると、かえって心が不安定になるのかもしれない。筆者も例外ではなかった。彼は何度か夢を諦めそうになる。

 恵まれた環境が時として強い力で彼を圧迫していく。押し出されるように心の燃料は次々と溢れ出てしまう。それでも彼は、漏れてしまった燃料を嘆かず残った燃料にささやかな熱を与え続けた。

 熱を与えても状態は変わらないことがある。しかし見た目に気が付かないだけで、筆者の熱は確実に燃料に伝わっていたのだ。彼の情熱は抑えつけていた固定観念を1つずつ切り離していく。液体から気体になった燃料が、一旦はしぼんでしまった彼の心を再び 満たした。そして彼は心に火をつけたのだ。

 「僕が夢を棄てようとしても、夢が僕を棄てなかったのだ」。筆者はそう表現した。

 自分を縛り付ける重力から自由になった人間は、もう迷わずに目標へ向かい始める。未知の場所へ一直線に向かう彼の姿が美しくすがすがしい。彼の上昇は発火に発火を呼ぶ。僕には速過ぎて、彼が昇っていくのではなく僕らが遠ざかっていくようにさえ感じた。

 この本は筆者の夢にとっての小さな一歩であるが、僕らのいつか見た夢にとって大きな一歩となるだろう。

 昔、どこかへ行こうとしていて、善意の第三者の忠告に従ってしまったばっかりに、いま迷子になってしまっている僕らの心に点火をしてくれるかもしれない。そういう一冊である。


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小野 雅裕
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小野雅裕 著 1500円+税 東洋経済新報社
ISBN:9784492223420 四六判 256ページ