『ディア・ドクター』
監 督:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、井川遥、香川照之、八千草薫 公開年:2009年 時間:127分 発売元:バンダイビジュアル

 2010年5月、岩手県立宮古病院に着任予定だった女性が無資格だったこと判明し、医師法違反容疑で逮捕された。着任直前にファクスで送られてきた医師免許証がずさんな作りであったことから、この事件が発覚した。09年に公開された『ディア・ドクター』はこの事件を予見していたかのような作品である。

 監督の西川美和は、原作、脚本も手掛けた。公開当初から評判も良く、09年キネマ旬報ベストテンの1位を獲得。日本アカデミー賞、ブルーリボン賞など各映画賞でも主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞など多くの賞を受賞した。全編ユーモラスな雰囲気を漂わせながらも、僻地医療、ターミナルケアなど、複雑な現代の医療問題と真摯に向き合った医療映画の佳作である。

 白衣を着た一人の男が田んぼの中の坂道をふらふらと自転車で下ってくると、診療所の前で多くの村人に止められてしまう。男は村の者で、白衣は捨てられていたものを拾ったのだった。この診療所の院長だった伊野治(笑福亭鶴瓶)の白衣だった。失踪する時に村に捨てていったらしい。突然失踪した伊野にどんな事情があったのか─。二人の刑事(岩松了、松重豊)が真実を探るべく捜査を開始する。

 話は約2カ月前に遡る。1500戸ほどの家がある神和田村は、前の医者が亡くなってから、しばらく無医村であった。村長がやっと見つけてきた伊野という中年医師がもう3年半余り、この村で診療をしている。そこに2カ月間の予定で研修に来たのが相馬啓介(瑛太)という青年医師。赤いBMW のオープンカーに乗ってやって来た相馬は、大病院の跡継ぎで、いかにもボンボンという風体だ。

 年収2000万の報酬をもらう伊野だが、生活は極めて質素で、村人からの受けもいい。寝たきりの老人や、痴呆症状が出た者へ往診もいとわず、ベテラン看護師の大竹朱美(余貴美子)との息もぴったりだ。老人の臨終に立ち会うときも、家族の雰囲気や状況を見極めて、必要以上の手当てはしない。もっとも、時々は見込み違いもある。死んだと思った老人が息を吹き返したこともあったが、それでまた名医として評判が上がる。村長をはじめ村人たちは「神様や仏様より先生が頼り」と信頼し、子どもたちも「村で一番偉い人」と思っている。

 しかし医薬品卸の営業マン、斎門(香川照之)は伊野の秘密を何か握っており、お互いの利益便宜を図っているようだ。大竹も、伊野の態度や技術に徐々に不審を抱き始める。

 そんなとき、一人の老婦人が倒れたと連絡が入る。鳥飼かづ子(八千草薫)は66歳。三人の娘がいるが一人暮らしで、末娘のりつ子(井川遥)は東京で医師をしている。胃の痛みの貧血でやせてしまったかづ子を心配し、一人で再訪する伊野は、彼女から「決して娘には知らせないでくれ」と懇願される。「誰の世話にもなりたくない、一緒に嘘をついてほしい」と頼まれ、伊野は悩みながらも受け入れる。そして検査の結果、かづ子は癌であることが判明する。

 事故で担ぎこまれた男の緊張性気胸に戸惑う伊野。元救急部門の看護師だった大竹のアドバイスのおかげでなんとか胸腔穿刺に成功し、また名声が高まる。しかし、大竹の疑念はさらに深まる。

 お盆の里帰りで母親の病気を知ったりつ子は伊野を問い詰める。偽の内視鏡画像を用意し、診断書にも嘘を書きながら、「次に帰省するのは来年」というりつ子の言葉に伊野の気持ちは揺れる。

 この映画は、医師というプロフェッションのありようについても考えさせられる。相馬が「研修が終わったら、診療所に戻ってきたい」というシーンは、映画『赤ひげ』で青年医師・保本が赤ひげに「小石川療養所に骨を埋める」と決意を述べるシーンへのオマージュとも受け取れる。伊野は現代の赤ひげというわけだ。しかし、実際は偽医者。なんという皮肉。果たして現代人にとって赤ひげとは、どんな存在を指すのだろうか。

column
『ディア・ドクター』の脚本の取材で得た材料を基に西川監督が書き下ろした短編集が『きのうの神さま』(ポプラ社)だ。映画の登場人物たちの過去が語られる。外科医の父にあこがれ、医学部を目指そうとした伊野の屈折した人生を描いた『ディア・ドクター』が出色。


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