『阿弥陀堂だより』
監督:小泉堯史 出演:寺尾聰、樋口可南子、田村高廣、香川京子、井川比佐志、吉岡秀隆、小西真奈美、北林谷栄 公開年:2003年 時間:128分 発売元:アスミック

 医師になるには、他人の人生のマイナスの部分と付き合う覚悟がいる。地位や名声を求める前に、誰かを助けたいという気持ちをもって医学を志す人が多いだろう。しかし、時として忙しさに疲れ果て、医師自身が心の病に取り付かれるときもあるだろう。

 『阿弥陀堂だより』は売れない小説家、上田孝夫(寺尾聰)と、妻美智子(樋口可南子)が孝夫の故郷である信州の谷中村に帰ってきたところから話は始まる。81歳で祖母が亡くなって5年。残された家に二人で住むことにしたのだ。美智子は東京で医師をしていたのだが、心に病を得てこの場所で隠遁することを決めていた。無医村だった村の診療所に週3回、午前中だけ勤務する、そんな約束を村としていた。

 村の全貌を見渡せる場所に阿弥陀堂がある。堂守である老婆おうめ(北林谷栄)は便所もないようなこの場所で96歳まで健康に暮らしている。日の出とともに起き、自分で作った野菜を食べ、阿弥陀様に祈りを捧げる日々。村の四季折々の様子が、お堂から一望できる。

 おうめばあさんの話を一人の若い女性が聞きに来る。小百合(小西真奈美)は学生時代に喉に肉腫ができ、そのために声を出すことができない。おうめばあさんのよもやま話を書き留めて、谷中村の広報誌に「阿弥陀堂だより」として連載している。おうめばあさんが語る、さりげない人生訓が、孝夫と美智子の心を少しずつほぐしていく。

 これとして仕事をしていない孝夫は、阿弥陀堂に便所を建て、田植えや稲刈り、広報誌の配布などちょっとした手伝いをして人々に溶け込んでいく。美智子は診療所に来る患者からゆっくり話を聞いて、往診にも出かける。孝夫の恩師、幸田重長(田村高廣)は末期胃癌だが、治療を受けず痛みにも耐えて妻のヨネ(香川京子)と清貧な暮らしをしていた。

 渓流で奇跡のように岩魚を釣り上げた日から、美智子の病状は劇的に変化していく。しかし小百合は肉腫が再発。近くの総合病院で治療を受けることとなる。偶然にも美智子が大学病院で研究していた肉腫で、担当医の中村(吉岡秀隆)とともに小百合の治療を受け持つことになった。

 医師として人の死に際に立ち会い、流産で子どもを亡くしたことをきっかけに、パニック障害を発病した美智子だが、村の景色がゆっくりと移り変わるとともに健康を取り戻していく。

 監督の小泉尭史は黒澤明監督に師事し、黒澤監督の遺稿脚本『雨あがる』で監督デビューした。本作品は佐久総合病院の内科医であり作家でもある南木佳士の小説を小泉が脚本化したものだ。南木自身もパニック障害の闘病経験があるという。主人公の美智子に自らを投影させた作品といえる。

 映画は公開当初から評判が高く2003年の映画賞を総なめにした。おうめを演じた北林谷栄は当時91歳。若いころ、宇野重吉と同じ劇団に所属していたことから、この作品で息子の寺尾聰と共演することを楽しみにしていたという。本作品で03年日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。10年の春、98歳で亡くなった。

 派手な手術の場面や医療現場でのトラブルなどを描いた作品ではない。300人以上の村人をエキストラに使い、子どもたちも現地調達。阿弥陀堂も一番いい場所に建てた。飯山市周辺の奥信濃で1年以上撮影の時間をかけ、オールロケで撮影されたこの映画は、ほかの医療映画とは趣を異にする。心を病んだ医師が夫や周りの人々の支えでゆっくり回復し、やがて自分の仕事として医師をもう一度選ぶ姿は素直に感動する。パニック障害を描いた映画としても専門医の評価は高いという。

 病から回復し、小百合と心から喜び合うおうめはなんともかわいらしくいとおしい。仏教的な悟りを得た「妙好人」と、病気を治す医師という存在の好対照を描いた作品として観ても興味深い。

column
末期癌の幸田重長役の田村高廣は今回選んだ10本の映画のうち実に3本に出演している。『白い巨塔』の里見助教授、『海と毒薬』の橋本教授も田村だ。阪東妻三郎の長男(田村正和の兄)でもある田村の抑えた演技は、日本の医療映画に欠かせない要素だったといえる。


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