『命』
監 督:篠原哲雄
出演:江角マキコ、豊川悦司、筧利夫、麻生久美子、寺脇康文、平田満 公開年:2003年 時間:111分 発売元:小学館

 かつて癌という病名は患者に隠すべきものであった。「達観した僧侶でも、癌を宣告されると取り乱す」という風説もあるくらいだ。それがいつのころからか、インフォームドコンセントという言葉が聞かれるようになり、本人への告知が当たり前になった。今ではインターネットやテレビ、雑誌などから医学情報が簡単に入手できるようになったせいか、患者自身も自分の癌治療法について深い知識を持つようになってきた。それは医療者側の姿勢も大きく変化させた。患者と相談しながら治療方針を決めていくことが、癌診療の常識となりつつある。

 『命』は、作家・柳美里がかつて参加していた劇団の主宰者であり昔の恋人でもある東由多加が、癌の闘病の末亡くなるまでを、自分の妊娠・出産と並行して見つめた自伝的小説を映画化したものだ。原作は最初、『週刊ポスト』に連載された。赤裸々な実生活の描写とともに、癌治療の最前線の情報も詳細に書かれていたことで、大きな話題となった。

 不倫の末、望まれない妊娠ながら産む決意をした柳美里(江角マキコ)は、かつての恋人・東由多加(豊川悦司)の元を訪れる。激しい咳をして具合が悪そうな東の体調を心配した美里は、彼を病院に連れて行き、検査を受けさせた。末期の食道癌であった。転移がひどく、担当医の山室(平田満)は、美里の同席の下、東に直接「手術はできず、抗癌剤と放射線で治療するしかない」と告げる。

 闘病に入った東に美里は同居をもちかける。胎内の子の成長と東の容態を同時に見守りたいと考えたからだ。そこから二人三脚の戦いが始まる。それは倒れそうな二人が、お互いを支えに歩くような、そんな毎日であった。

 信頼できる雑誌編集者、鎌田(筧利夫)から情報を得て、最先端医療を求めて東はニューヨークに飛ぶ。日本では認可されていない抗癌剤治療を受け帰国した東だが、程なく副作用の影響が出始める。一方、若いころから自殺を繰り返してきた美里を、はらはら見守ってきた母親(樹木希林)は子どもを持つことによって、娘は死を選ばなくなると喜ぶ。妹(麻生久美子)は身勝手な姉に怒りながらも、不倫相手の認知を承諾させる。

 予定日を2週間後に控えた美里に陣痛が起こる。雨の中、病院に行こうとする美里に東が付き添う。やがて男の子が誕生。病院の窓から、雨が雪に変わる瞬間を見ていた東は、その子は自分の生まれ変わりだと確信する。

 東は、生きることに執着をし始める。それは丈陽と名付けられた子どもと会話がしたい、「ヒガシさん」と呼ばれたいという一心からであった。

 あと2年生きるため、担当医の山室に遺伝子治療や臨床的評価が固まっていない免疫療法まで試したいと懇願する。ときには医師との激しいののしり合いにまで発展する。山室との会話の中で、タキソール、イリノテカン、ネダプラチンなど様々な抗癌剤の名称が出てくる。時代設定は99年ころ。タキソールは食道癌には日本では承認が得られておらず、米国行きはこの治療のためであった。それにしても、ある意味“わがままな患者”の典型ともいえる東と美里に対し、忍耐強く治療を続ける山室の姿勢は、癌専門医の一つのあるべき姿として印象に残る(対照的で怪しげな医師を江守徹が演じておりこちらにも注目)。

 東の癌は容赦なく進行していく。ニューヨークで試した抗癌剤は効かず、食道の癌は1カ月で直径が倍になる。痛み止めのモルヒネのせいか幻覚が見え始め、厳しい演出家だったころの意識に戻って、舞台稽古を再現したりする。しかしそれも長くは続かなかった…。

 東を演じる豊川悦司は、まるで本当の患者のようにやせ細り、かさかさの肌、うつろな目で、観る者に訴えかけてくる。柔らかくほほえむ赤ん坊とこれから死に行く者との対比が鮮やかで、だからこそ無残である。今の病院では決して許されないであろう、ひっきりなしに病室でたばこを吸う豊川の演技も印象的だ。

column
原作は『命』『魂』『生(いきる)』の3部作(小学館)からなる。3冊とも柳と息子の写真が表紙を飾り、東の闘病のみならず柳の私生活が赤裸々に語られる。また柳の著書『ファミリー・シークレット』(講談社)はなんと、児童虐待がテーマのノンフィクションだ。


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