『ヒポクラテスたち』
監督:大森一樹 出演:古尾谷雅人、伊藤蘭、柄本明、光田昌弘、斎藤洋介、内藤剛志 公開年:1980年 時間:126分 発売元:ジェネオンエンタテインメント

 若者が医師を目指す理由は何だろうか。大学の学部を決めるとき、漠然と文系理系と分かれ、将来の自分を想像できずに受験する者が多い中、「医学部」を目指す人は、間違いなくその段階で将来のビジョンを見据えている。なんらかのことでドロップアウトしてしまうこともあるが、おおむね医師として生きていく。

 1980年の作品『ヒポクラテスたち』はそんな医学部の最終年度6 年生の姿を追った作品だ。監督は医師免許を持ちながら映画監督となった大森一樹。この作品は、まさに大森自身の青春時代とオーバーラップしている。

 京都の洛北医科大学の最終年に在学している荻野愛作(古尾谷雅人)はポリクリと呼ばれる臨床実習の真っ最中である。同じ班には既に妻子もちの加藤健二(柄本明)、有名産婦人科病院の息子、河本一郎(光田昌弘)、秀才の大場修(狩場勉)、野球少年の王龍明、紅一点の木村みどり(伊藤蘭)がいる。 彼の住まう寮はおんぼろの上に、留年を続ける牢名主のような本田俊平(斎藤洋介)をはじめとした一癖も二癖もある先輩後輩がくすぶっている。学生運動は既に下火であったが、森永砒素ミルク事件や医師の税優遇問題などで左翼社会運動に身を染める南田慎太郎(内藤剛志)が印象的である。

 舞鶴出身の荻野は、中原順子(真喜志きさ子)という大学の図書館で働く高校時代の同級生と付き合っている。産婦人科の実習真っ最中に、順子は妊娠に気づく。研究室から妊娠検査薬を盗み出し確認後、京都市内の小さな産院で堕胎する。しかしその後、順子の容態は急変し、結局、郷里に帰ることを余儀なくされる。

 手術の見学や出産の実習、妊婦への問診や患者への直診など、彼らは医師になるための階段を一歩一歩上っていくが、愛作はまだ自分がどんな医師になるのか、何科を専門とするのかさえ明確に決められない。

 木村みどりは現場での体験に耐えられず、医師になることをやめると宣言する。恋人の河本との関係も確実なものとは思えなかった。愛作もまた心が揺れて、卒業写真の集合にあえて入らなかった。

 それでも国家試験を目指す愛作に、衝撃のニュースがもたらされる。順子の堕胎をした産院が偽医者だったのだ。そこで中絶した女性の多くが被害に遭い、ひどい場合は不妊に至るという。恥ずかしさのために、自分の大学病院を避け、小さな産院を選んで人目につかないように堕胎させたことに、愛作は大きな責任を感じ精神に異常を来し始める。

 現在の映画界になくてはならないようなバイプレーヤーがたくさん出演し、それまで自主映画での監督のイメージが強かった大森一樹の出世作となった。この作品に特別出演しているのは、病院専門の盗人役の鈴木清順、小児科の教授に手塚治虫、精神科の先生には北山修とバラエティーに富んでいる。ロケ地は大森の母校である京都府立医大や、同校の橘井寮などが使われている。

 この作品は日本アート・シアター・ギルド(ATG)が制作・配給した作品で、当時の雰囲気が色濃く漂っている。青春の中に潜む一瞬の狂気や挫折は、30年たった今見ても、同世代は共感するところが多いだろう。伊藤蘭は、78年にキャンディーズが解散してからしばらく沈黙しており、本作が芸能界復帰作となった。なお、彼女が「蘭」というたばこを吸うシーンはファンの間で話題となった。

 主役の古尾谷雅人は70年代、日活ロマンポルノなどで活躍していたが、この作品でメジャーな存在となる。図体ばかりでかくて、気持ちが優しい青年を好演したが、出世作となったこの役が彼の将来を予言したかのように、2003年、自ら命を断った。

 京都という独特の町で暮らす学生たちの日常が、美しい風景とともに映し出されていく。いつの時代にも通じる、苦いような甘酸っぱいような気持ちがこみ上げてくる青春映画である。

column
この映画には無資格堕胎、森永砒素ミルク訴訟、24時間年中無休の徳洲会など、80年前後の時事ネタも盛り込まれている。徳洲会職員が医師募集ビラを配るシーンに「のうそう」と名乗る職員が登場するが、現・徳洲会事務総長のN氏を別人が演じたとみられる。


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