循環器領域だけでも数多くのガイドラインが発行されており、新たな知見やエビデンスの集積に伴い改訂も盛んに行われている。最近発表されたものから注目のガイドラインを取り上げ、作成の目的や狙いとともに概要や変更ポイントなどを解説する。


富山大学の井上博氏

 「心房細動治療(薬物)ガイドライン」は、日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心電図学会、日本不整脈学会の4学会からなる合同研究班によって、2013年12月に5年ぶりの改訂が行われた。班長を務めた富山大学第二内科教授の井上博氏は、「今回の最も大きな改訂点は、新規経口抗凝固薬が加わったこと。1人でも多くの患者にこれらの恩恵が行きわたるようにという気持ちで改訂を行った」と話す。

 13年12月の時点で使用可能だった新規経口抗凝固薬は、直接トロンビン阻害薬のダビガトラン、第Xa因子阻害薬のリバーロキサバン、アピキサバンの3剤だったが、第3相臨床試験の結果が報告されていたエドキサバンも今回のガイドラインに加わった。

 これらの新薬はいずれも使用経験が少ないため、「推奨度については第3相臨床試験の結果を中心に、13年12月までに得られた情報に基づいて決定した。今後、新知見が加われば、随時変更が加えられることになる」と井上氏は話す。

リスク評価はCHADS2スコアを採用

 欧米では、心原性塞栓症のリスクの層別化にCHA2DS2-VAScスコアが導入されているが、日本では従来通りCHADS2スコアを使用することになった(表1)。その理由について井上氏は、「CHA2DS2-VAScスコアは、特に低リスク患者の評価に優れているが、評価方法が煩雑になる。まだCHADS2スコアですら十分に普及していない日本では、より簡便な方法がよいと判断した。また、新規経口抗凝固薬の臨床試験がCHADS2スコアを採用している点も考慮した。ただし、CHA2DS2-VAScスコアで新たに加わった項目は、CHADS2スコアが0点の際に『その他のリスク』として追加する形を取った」と説明する。具体的に見ていこう。

表1●CHADS2スコアの算出方法

 図1はガイドラインにおいて示されている抗血栓療法の流れだ。「その他のリスク」とあるのは、心筋症、年齢が65歳以上74歳以下、血管疾患(心筋梗塞の既往、大動脈プラーク、末梢動脈疾患など)の3つ。CHADS2スコアが0点でこれらに1つでも該当する場合は、抗凝固療法を「考慮可」とした。

図1●心房細動における抗血栓療法
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 なお、従来のガイドラインにあった「女性」は単独の危険因子としては記載しないことになった。その理由について井上氏は、「欧州心臓病学会ガイドラインで、65歳未満で他に器質的心疾患を伴わない心房細動では、女性は単独の危険因子とはならないとされた。また日本人を対象としたJ-RHYTHM Registry研究の結果でも、女性と男性で血栓塞栓症の発生頻度に差がなかった。65〜74歳の場合は性別にかかわらず考慮可となり得る」と語る。

 旧ガイドラインの「弁膜症性」の定義も改め、人工弁(機械弁と生体弁の両方)とリウマチ性僧帽弁膜症の2つを「弁膜症性」と定義し、「僧帽弁修復術後」は非弁膜症性として扱うこととした。

 さらに、「孤立性心房細動」についても臨床現場で混乱を来さないように、あえてそのような言葉を使用せずに、「臨床上有意な器質的心疾患を認めない心房細動」と表現することになった。器質的心疾患は、具体的には肥大心、不全心、虚血心を指す。

ワルファリンよりも新薬を強く推奨

 今回改訂されたガイドラインでは、CHADS2スコアが2点以上の場合には、ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン、ワルファリンがいずれも推奨となった。しかし、新規抗凝固薬はいずれもワルファリンと同等か勝る効果を示し、かつ頭蓋内出血が少ないことが分かってきたため、同等レベルの適応の場合には、ワルファリンよりも新規経口抗凝固薬の方をより強く勧めるとしている。

 またCHADS2スコアが1点の場合に、新薬の中でダビガトランとアピキサバンの2つが推奨で、リバーロキサバンとエドキサバンが考慮可となっている。これについては、「第3相臨床試験でダビガトランとアピキサバンはCHADS2スコアが1点の症例にも効果と安全性が示されたため推奨とした。一方、リバーロキサバンとエドキサバンについては、第3相臨床試験にCHADS2スコア1点の症例が含まれていなかったため、考慮可の記載にとどめた」と井上氏は話す。

 ワルファリン投与における目標PT-INR(プロトロンビン時間国際標準化比)は旧ガイドライン同様、70歳未満は2.0〜3.0とし、70歳以上の高齢者は1.6〜2.6と低めに設定した。

 出血リスクの層別化には、2010年の欧州心臓病学会ガイドラインに採用されたHAS-BLEDスコアが、日本人でも利用できることを示した(表2)。同スコア0点を低リスク(年間の重大な出血発症リスクが1%)、1〜2点を中等度リスク(同2〜4%)、3点以上を高リスク(同4〜6%)と評価する。

表2●HAS-BLEDスコアの算出方法

 「これまで、実臨床で使える簡便な出血リスクの評価法がなかったが、HAS-BLEDスコアが日本人でも有用であることが分かったので採用した。ただ、CHADS2スコアとHAS-BLEDスコアの両方に高血圧、高齢、脳卒中の3つの因子が存在し、塞栓症を予防したい患者は出血のリスクも高いというジレンマがある」と井上氏は指摘する。

抗血小板薬の併用は避ける

 今回の改訂を振り返り井上氏は、「この改訂版には1つだけ欠点がある。それは、ステント治療の際の、抗血小板薬と抗凝固薬の併用に対する記載が十分に書き込まれていないことだ」と付け加える。

 同ガイドラインには抗血小板薬の併用について、抗凝固療法中の重大な出血関連因子とし、「できるだけ抗血小板薬の併用を避けることが重要」との記載がある。しかし、ステント治療を受けた患者は抗血小板薬が必須となる。井上氏は、「こうした症例に対する抗凝固療法については詳細な記述が必要だが、日本循環器学会の『循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン』の改訂で盛り込まれることを期待する」と話す。

 脳卒中データバンク2009によると、心房細動があって脳梗塞を発症した患者の4人に1人しか発症前に抗凝固療法を受けていないというのが現状だ。井上氏は、「防げる脳梗塞をこれまで防げていなかった可能性がある。ガイドラインは図表だけでなく、本文もよく読んでいただき、リスクに応じた塞栓症予防を積極的に行ってほしい」と話している。