防衛医科大学校内科学(感染症・呼吸器内科)教授の川名明彦氏

 新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)が今年5月に公布された。6月には政府の「新型インフルエンザ等対策行動計画」が改定され、各自治体でも行動計画の発表が相次いでいる。しかし、特措法そのものにいまなお議論があるのも事実だ。防衛医科大学校内科学(感染症・呼吸器内科)教授の川名明彦氏は「新型インフルエンザ新感染症という、まったく性質、対策の異なる疾患が一緒に扱われていることがこの法律を分かりにくくしている」と指摘した。第62回日本感染症学会東日本地方会学術集会(10月30日〜11月1日、開催地:東京)の教育講演「新型感染症への備え−特措法に関する議論を含めて」で言及したもの。同法を運用していくうえで今後、難しい場面もあり得るとの見方を示した。

 世界各地で発生した新興感染症は、ここ10年で7種。1997年の鳥インフルエンザA/H5N1、2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス、2009年のインフルエンザA/H1N1pdm09、2012年のMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスなどの感染症だ。

 川名氏は、川名氏は、新興感染症のうち、ヒトで認識されていなかった疾患の病原体が突然出現し、流行し始めたものを新型感染症と呼び、Helicobacter pyloriのように、ヒトで既に知られている疾患の病原体として新たに発見されたものと区別している。

 さらに、新型感染症を発生時のパターンによって2つに分けている。ひそかに出現して、徐々に拡大するタイプと、劇的に登場して、短期間に拡大するタイプ。前者は例えばエイズ、後者はH1N1pdm09による「新型インフルエンザ」やSARSである。

 川名氏は教育講演のなかで、新型感染症への対策について、徐々に拡大するタイプでは基本的に標準予防策しかないが、短期間に拡大するタイプではさらに種々の対応が必要になるとした。公衆衛生の改善、海外渡航時の注意、動物との接触注意、診断名にとらわれない症候群サーベイランスなどである。

 このような新型感染症への対策の1つとして加えられたのが特措法だ。同法の目的は「新型インフルエンザ等発生時において、国等の対処体制を明確にし、医療関係者など主要なプレーヤーと協力しつつ、国民の生命・健康と国民生活・経済への影響をできる限り少なくすること」(内閣官房新型インフルエンザ等対策室・杉本孝氏)。感染源対策としての感染症法などと異なり「幅広い公衆衛生対策や社会の危機管理を包括的に定めたもの」(杉本氏)となっている。

 特措法の対象となるのは、感染症法で定められている新感染症と「新型インフルエンザ等感染症」だ。過去に新感染症に指定された感染症は、2003年に世界的に流行したSARSだけで、現在は指定解除されている(2類感染症)。

 SARSは、世界約30カ国で8000人を超える感染者が発生し、800人近くが死亡した。有効な治療薬やワクチンがないことも影響し、約10%の高い致死率を示した。しかし、古典的な対策である隔離と検疫により、ほぼ半年で消退した。川名氏は「SARSコロナウイルスのように、人類にとって未知で病原性の高い新型ウイルスが出現した場合は、有効な抗ウイルス薬もワクチンもない。マスク、手洗いあるいは隔離、検疫強化、渡航延期勧告などといった前世紀型の感染対策しか手の打ちようがない可能性がある」とした。

 一方、「新型インフルエンザ等感染症」は、「全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるもの」で、再興型インフルエンザと新型インフルエンザが含まれる。しかし、これらに対しては「抗インフルエンザウイルス薬が有効であり、またワクチンも半年ほどで作れるテクノロジーがある」と川名氏。このように「新型インフルエンザと新感染症という、まったく性質、対策の異なる疾患が一緒に扱われていることがこの法律を分かりにくくしている」と指摘した。

 2009年に発表されたWHOによる感染症アウトブレイクへの介入戦略では、各感染症の感染力、致死率により異なる対応の必要性が強調されている。すなわち、感染力、致死率ともに高い感染症のアウトブレイクでは「最も厳格な介入と注意深い監視が必要」、感染力は弱いが致死率の高い感染症では「最も厳格な封じ込めのための介入と、効果的な緩和策が必要」とされた。これに対して、感染率は高いが致死率の低い感染症では「封じ込めや緩和のための厳しい介入は正当化されにくい」としている。

 川名氏は、このWHO介入戦略の考え方は妥当だとした。「感染力は強くても致死率が低いインフルエンザでは、厳しい介入は正当化されにくい。渡航延期勧告などの措置が取られないのもそのためだろう」。一方、感染力は比較的弱いが、致死率の非常に高いSARSコロナウイルスのような場合には「厳格な封じ込めのための介入と効果的な緩和策によってアウトブレイクを軽減できる可能性がある」。

 古典的な感染対策しかなく、高い致死率が予想され、厳格な介入、監視が求められる新感染症。抗ウイルス薬やワクチンで対応でき、致死率も高くないと推測され、厳しい介入は正当化されにくい新型インフルエンザ。性質、対策の相異なる感染症を扱う特措法に対して、川名氏は「今後、どのように運用していくかが重要」と述べ、運用が難しい場面も出てくる可能性を示唆した。