東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染研究分野教授の河岡義裕氏

 11月6日のWHO発表によると、中国で新たに鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスに感染した患者が2人発生した。インフルエンザの流行期を迎え、動向が大いに注目される。このH7N9ウイルスの特性について、東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染研究分野教授の河岡義裕氏が、最近の研究成果を第45回日本小児感染症学会総会・学術集会(10月26〜27日、開催地:札幌市)で報告。飛沫感染しやすい性質を持つH7N9株が認められること、フェレット間で限定的ながら空気感染が成立したことなどから、H7N9ウイルスは「パンデミックを起こす能力を持つウイルスと言える」と指摘した。

 11月6日に発表された患者2人を含めると、これまでにWHOが確認したH7N9ウイルスヒト感染例は139例。うち45例が死亡しており、致死率は32.4%となった。 現在、11月6日発表の重篤例1人を含む6人が入院中とされる。

 現時点では、ヒトからヒトへの感染が続いているという根拠はない。しかし、限定的なヒト−ヒト感染事例は確認されている。国立感染症研究所の「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応」(11月5日更新版)では、「限定的なヒト−ヒト感染が起こっていると指摘されていることから、国内に入国した感染者から家族内などで二次感染が起こりえる」としている。

 H7N9感染患者を調べると、男性、比較的高齢(ピークは60歳代)という背景が浮かび上がってくる。退職した男性が生鳥市場に出入りすることが多いためという見方が強い。中国政府は患者発生後早期に生鳥市場を閉鎖し、ニワトリなどの殺処分や消毒を実施した。それを機に患者数は大幅に減少した。しかし、最近になって一部の生鳥市場が再開された。また、気温が下がってきたことから、10月末より再び感染例が発生するようになったのではないかと推測されている。

 何より心配なのはパンデミック(世界的な大流行)だろう。河岡氏は今回、東大、国立感染症研究所、北海道大学、米国Scripps Research Instituteなどの共同研究より、H7N9ウイルスがパンデミックを起こし得る性質を持つことを明らかにした。

 まず、呼吸器での増殖性を調べたところ、H7N9ウイルスは季節性インフルエンザウイルス(H1N1)に比べ、サルの呼吸器、特に肺で強く増殖することが分かった。2009年にパンデミックを起こしたH1N1pdm09ほどの増殖は見られなかったが、肺における増殖性は季節性H1N1ウイルスの1000倍以上を示した。

 H7N9感染患者の死亡率が高い理由については、さまざまな要因が指摘されているが、このデータから河岡氏は、理由の1つとして「季節性のウイルスと異なり、H7N9ウイルスがヒトでよく増えるからだろう」と指摘した。

 一方、パンデミックを起こすには、感染患者の上気道でウイルスが効率的に増殖する必要がある。咳やくしゃみを介して、周囲のヒトに伝播しやすくなるからだ。

 インフルエンザウイルスは、シアル酸を末端に持つ糖鎖をレセプターとして認識するが、ヒトインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスでは、認識するシアル酸がやや異なる。ヒトインフルエンザウイルスはシアル酸がガラクトースにα2-6結合したものを認識するのに対して、鳥インフルエンザウイルスはシアル酸がガラクトースにα2-3結合したものを認識する。

 河岡氏らは以前、オランダとの共同研究で、ヒトの呼吸器の肺から上にある上気道などにはα2-6結合シアル酸のレセプターが多数認められるが、肺ではα2-6結合シアル酸のレセプターだけでなく、α2-3結合シアル酸のレセプターも存在することを明らかにしている。

 このため、H5N1のような高病原性の鳥インフルエンザウイルスはヒトの肺に感染して重篤な肺炎を起こす。しかし、ウイルスが効率よく飛沫感染するためには、上気道に多数存在するα2-6結合シアル酸のレセプターを認識することが必要になる。

 HAのいくつかのアミノ酸は、α2-6結合シアル酸の認識に重要であることが知られている。その1つが226番目のアミノ酸で、中国の患者から分離されたH7N9ウイルスの大部分がロイシンまたはイソロイシンになっていた。

 河岡氏らは、H7N9を含むさまざまなインフルエンザウイルスのレセプター特異性を調べた。すると、季節性のH1N1ウイルスはα2-6結合シアル酸を持つ糖鎖に多数結合し、H5N1ウイルスはα2-3結合シアル酸を持つ糖鎖に多数結合した。アミノ酸の226番目にロイシンを持つH7N9 Anhui/1株、およびイソロイシンを持つH7N9 Hangzhou/1株、特に後者はα2-6結合シアル酸を持つ糖鎖に多数結合することが分かった。アミノ酸の226番目がグルタミンのH7N9 Shanghai/1株は、α2-3結合シアル酸を持つ糖鎖、α2-6結合シアル酸を持つ糖鎖のいずれにも多くの結合が認められた。

 さらに、各ウイルスの空気感染の起こしやすさを3組のフェレットで検討したところ、H1N1pdm09では3組とも感染が成立し、H5N1ウイルスは3組とも感染が起こらなかった。これに対して、H7N9ウイルス(Anhui/1株)では3組中1組で感染が成立し、H5N1ウイルスよりは飛沫感染を起こしやすいことが示された。こうした結果は、世界の5つの研究グループと同様だった。

 これらの成績から、河岡氏は「H7N9ウイルスはすでにある程度、哺乳動物間で伝播し、少なくともH5N1ウイルスよりも飛沫感染、空気感染しやすいと推測され、パンデミックを起こす能力を持っているウイルスであると言える」と結論した。