富山大学の齋藤滋氏

 2009年に発生したインフルエンザA/H1N1pdm2009ウイルスによるパンデミックの際、各国の専門家らの多くが「日本の不思議」を口にした。特に、海外ではハイリスク群と言われた妊婦が、日本で1人も死んでいないという事実は、彼らにとってにわかに信じられない事実の1つだった。「それは偶然の結果ではない。日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本歯科医、厚生労働省が最大限の対応をした結果だ」。富山大学の齋藤滋氏は、第87回日本感染症学会(6月5〜6日、横浜)でこう指摘、日本で妊婦死亡例を0にできた理由を振り返った。

 齋藤氏は日本産科婦人科学会が具体的に何をしたのかを解説した。

 最も功を奏したと考えられるのは「新型インフルエンザに対する正しい情報を迅速に日本産婦人科学会のホームページで提供した」点だという。

 具体的には、日本産婦人科学会周産期委員会の5人の委員が、徹底的な情報収集を行い、得られた情報を1、2日以内で、医師用と一般用にまとめた。これを1日以内に回答してもらうことを前提に日本産婦人科学会常務通信理事会に諮り、最終版を学会ホームページに掲載した。

 「新しい情報などがあるたびに、修正あるいは新しい文章を作成し、公開するということを繰り返した」。齋藤氏によると、2009年5月8日〜11月4日まで、計7回にわたり、Q&Aを始め、「感染した場合の早期の抗インフルエンザ薬の服用、感染者との接触した際の予防投与、それからワクチン接種の推奨」を掲載しした。この間のアクセス数は、19万3705件と20万件近くに達していた。

 こうしたこまめな情報提供が「日本で妊婦死亡例を0」を実現できた背景にあったわけだ。「2010年1月13日に、新型インフルエンザによる妊婦死亡は0であったことを学会のホームページで報告した」。

 学会ホームページでの情報提供は、具体的な妊婦の予防行動を生むことにつながった。例えば、新型インフルエンザ感染で入院した妊婦の90%もが「48時間以内に抗インフルエンザ薬の投与」を受けていたことが分かっている。また、ワクチン入手可能となった1.5カ月以内に、60%もの妊婦がワクチン接種を受けていた。さらに、4〜5万人の妊婦が抗インフルエンザ薬の予防投与を受けていたことも明らかになっている。

 ワクチン接種や抗インフルエンザ薬の予防投与は、「妊婦感染率の低下」をして現れた。日本全体で12%の感染率だったが、日本の妊婦の感染率は3.5%にとどまっていた(2009年の総分娩数は107万人)。また、「入院した妊婦の90%もが、48時間以内に抗インフルエンザ薬の投与を受けていたこと」は、重症化の防止につながった。

 齋藤氏は、感染率を下げただけでなく、感染者の重症化を防止できたことが、「2009年の新型インフルエンザ感染による母体死亡0」の実現につながったと考えられるとまとめた。

 なお、日本産婦人科学会では、タミフルリレンザについては、妊婦や胎児に対する安全性の調査も行っている。これは学会の提案が正しかったのかどうかを検証することが必要との判断から実施したものだ。その結果、タミフル投与例(母体619例、胎児627例)、リレンザ投与例(母体50例、胎児50例)を対象にした調査では、抗インフルエンザ薬によって奇形率、流産率、胎児発育不全率などには、影響を与えないことが判明している。