現地紙に載った風刺画。MERS-CoVに無手勝流で挑んでゆくサウジ当局・・・。載っているのがロバ(愚鈍の象徴として使われる)なのも気になるところ
出典;http://sabq.org/lBGKifn

 6月1日、サウジアラビア保健省のスタッフが新型コロナウイルスMERS-CoVが入ったバイアルを手に航空機に乗り込もうとして搭乗を拒否されるという出来事が発生、世界をあんぐりさせた1)。そんな物を持ち込んで飛行機に乗ってはいけないという小学生でも分かりそうなことがなぜ発生するのか。その背景から、“プライド高き素人集団”の手に握られた“運命”という事情が透けて見えてくる。

サウジアラビア保健省と研究者との確執
 今回の新型コロナウイルスMERS-CoV騒動では、昨年の第1例発生の時も、今年5月の東部Al-Ahsaにおける集団発生の時も、情報が出て来るのは遅かった。その後も、発生する都度、詳細の発表を伴わず人数の数字だけが発表されるだけだ。直前に中国で発生をみた鳥インフルエンザA(H7N9)にあたって中国当局がいちはやく国際誌に症例報告を行い、毎日詳細な発表をしたのとは対照的に見える。

 この著しい対比に至る事情を現地紙が説明してくれている。サウジアラビア保健省と科学者の間に縄張り争いのような確執があるというのだ。6月1日付Arab news2)は、サウジ保健省が研究者チームを“競争相手”と見なして協働を拒み、情報を出さずに抱え込んでいる実情を報じている。つまり、WHOから認証され良い仕事をしているラボは、保健省から“敵”だと見なされ、そういう扱いを受けているということだ。

第一発見者の迫害
 では、そのサウジ保健省に睨まれてしまった者の運命は如何に。今回、新型コロナウイルスMERS-CoVを最初に発見したのは、当時ジェッダの病院に勤務していたアリ・モハメド・ザキ博士(以下ザキ氏)だ。18日間の経過で亡くなった60歳男性例の担当医だったザキ氏は、その経過に疑問を抱き、検体をオランダのFocher氏のもとに送った。このときのザキ氏のカンが世界を救うことになる。このザキ氏、1994年にはサウジ初のデング熱を発見し、翌1995年にはこれまたサウジ初のTick-born diseaseの第一発見者となった、筋金入りの冴えたカンの持ち主だ。

 オランダから返った結果には、これが新型のコロナウイルス(のちにMERS-CoVと名付けられることになる)であると記されていた。ザキ氏はただちにProMEDに投稿するとともにサウジ保健省に情報提供を行った。

 ところが、この情報を適切に取り扱えないサウジ保健省は、先進国の常識では考えにくい挙に出た。ザキ氏のもとに“査問チーム”を送り厳しく取り調べた挙句に、ザキ氏をクビにするよう病院に強烈に圧力をかけたのだ。そしてザキ氏は故郷のエジプトに向けて出国を余儀なくされる3)4)

 この一連の処置には現地マスコミの中にも批判するところが現れるが、保健副大臣は「正式な手続きが踏まれていなかった」と頑張り(注:ザキ氏は保健省にも情報提供を行っていることが複数の報道で明らかになっているのだから、これはメンツを楯に本質からはずれた細かな手続論を言っているに過ぎない)、挙句の果てに「このウイルスは世界中にいる。サウジで報告数が多いのはわれわれ保健省がどの国よりもしっかり監視しているからだ。これまで1500〜1700検体チェックしてきたが、そんな国は他にない!」と“逆切れ答弁”までは始める始末だった。

 さて、世界を救った第一発見者を追放し、専門家を敵視する以上、サウジ保健省は専門家の手を借りずに“素人集団”で対応せざるを得なくなる。その結果垣間見えるのが、冒頭の「ウイルス機内持ち込み未遂事件」だったりもする。空港ではなくメディアの目に触れない密室で展開することなら表に出てこない。中では一体何が展開しているのだろう。

 ここで思い出すのが、筆者が北京在勤中、2003年のSARSで見聞きした光景だ。当時の中国政府は発生を隠蔽していたが、ある軍病院医師が米国TIMES誌に内部告発的投稿をしたことから事態が一挙に明るみに出た。その後、ほとぼりが冷めた頃になって、告発医師が嫌がらせらしき処遇を受けていることが報じられていたのを記憶している。あれから10年経過し、中国政府はさまざまな経験も経て、2013年の鳥インフルエンザA(H7N9)では、毎日詳細な発表を行い、また、かなり早い段階からNEJMなど国際誌に症例報告を投稿するなど長足の進歩を遂げた。いまのサウジの状況は、中国に遅れること10年以上ということのようだ。

 さらに、もうひとつ背景として考えねばならないのは国籍の違いだ。前稿5)にも書いたが、中東産油国の多くでは、あくせく働かずとも食べてゆける自国民は医療などというトレーニング厳しく “しんどい”仕事を敬遠がちで、それを担うのは外国からの出稼ぎ医療者たちだ。筆者が在勤していたスーダンでは、医学部出身者の多くがリッチな湾岸産油国に出稼ぎに出てしまっていた。スーダンの隣国エジプトはザキ氏の母国だ。生粋のサウジ人の役人たちが、出稼ぎ医療者たちを上から目線で見下し、自分たちで仕切ろうとするのも自然な流れということになる。

 “プライド高き素人集団”に乗っ取られた感がある火元の対策だが、心配ばかりでもない。すでにWHOのチームを二次にわたって受け入れており、イケメンな保健大臣とケイジ・フクダ事務局長補とのツーショット会見の様子が報じられている。WHOの指導は受け入れられ正しい対策は実行されている模様だが6)、ただし注意も必要だ。こういう状況下で現地入りしたWHO一行は微妙な立場にも立たされる。2003年の北京でもいちはやく中国入りしたWHOチームに対し、地方に行く許可がなかなかおりなかったり、情報の流れがスムーズでなかったり、一行を苛つかせることは色々あった(当時現地トップを務めていた長身のオランダ人とは筆者自身何度かお話する機会があったが、それでも忍耐強く任務に取り組んでいた)。今後、いろいろ水面下の駆け引きや綱引きを経ながら対策は前に進んでいくはずであり、ヒヤヒヤしつつも見守っていこうと思う。

■参考情報
(1)Arabie Saoudite : une fiole de coronavirus interceptée à l'aéroport
(2)Transparency urged in coronavirus cases
(3)Penalizing the physician behind a virus discovery
(4)Middle East coronavirus: No reward for man behind discovery
(5)新型コロナウイルスNCoV、医療従事者感染の衝撃
(6)Middle East respiratory syndrome coronavirus: Joint Kingdom of Saudi Arabia/WHO mission