感染者から分離された鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスと、感染経路上に浮上しているライブバードマーケット(生鳥市場)などの鳥から検出されたウイルスは、遺伝子学的によく似ているものの、明らかな違いがあることが判明している。いったいどういうことなのか――。

 国立感染症研究所が5月1日に発表した2回目となるリスク評価では、ヒト分離ウイルス12株すべてで、HA遺伝子(ヘマグルチニン)がヒト型のレセプターへの結合能を上昇させる変異を持っていたと指摘されている。また、すべてのヒト分離株のPB2遺伝子(RNAポリメラーゼβ2)には、RNAポリメラーゼの至適温度を鳥の体温(41度)から哺乳類の上気道温度(34度)に低下させる変異が観察された。このことから感染研は、「これらの株については、ヒト上気道に感染しやすく、また増殖しやすいように変化している可能性が強く示唆された」と結論している。この結論は、4月19日に公表したリスク評価と変わっていない。

 おさらいをしておくと、A型インフルエンザウイルスの遺伝子構造は、8分節の一本鎖RNAからなり、11種類のタンパク質を規定している。HA遺伝子は、宿主細胞のレセプター(細胞膜に存在する糖タンパク質のシアル酸)を認識する役割を持つ。また、PB2遺伝子は、ウイルスの複製(増殖)に中心的な役割を果たしている。

 では、一方の鳥や環境から分離されたウイルスはどうだったのか。

 感染研が行った鳥および環境からの分離ウイルス7株の解析結果は、感染者から分離されたウイルスと様相が違っていた。7株中、6株でヒト型のレセプターへの結合能が上昇していた。また、情報が公開された5株では、RNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異は観察されなかった。このため感染研は4月19日のリスク評価同様、ヒト分離ウイルスと鳥や環境からの分離ウイルスの間には、「明らかに異なる塩基配列もあり、今回報告された患者に直接に感染したものであるとは考えにくい」との見解を示した。その上で、「一般的に、H7亜型のインフルエンザウイルスはブタにおいても不顕性感染であることが知られている」とし、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスは、ブタなどの哺乳動物の間で症状を示さずに伝播され、ヒトへの感染源になっている可能性がある、と考察した。

 最近、Lancet誌で感染例について発表したYu Chen氏らも、ウイルスの解析結果を報告している。それによると、4人の感染者から分離されたウイルス4株中、3株でヒト型のレセプターへの結合能上昇にかかわる突然変異が観察された。また、4株中、3株ではRNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異も確認された。

 鳥から検出されたウイルス1株では、ヒト型のレセプターへの結合能上昇にかかわる突然変異があったが、RNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異は観察されなかった。その理由については、ヒトに感染した後で、ウイルスがヒト化の突然変異を起こした可能性も考えられるとの見解を示した。

 ただし、この鳥と疫学上の関連性があると考えられる感染者から分離されたウイルス株は、ヒト型のレセプターへの結合能上昇にかかわる突然変異があったが、RNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異は観察されていない。つまり、この事例では鳥からヒトへ直接感染した可能性があるわけだ。

 まとめると、結合能上昇と至適温度低下という2つのマーカーを持っているウイルス株は2つで、あとの2株はどちらかのマーカーしか持っていなかった。つまり、感染者から分離されたウイルス株は、これらのマーカーで見る限り、3種類に分けられるということになる。

 Chen氏らの論文で注目したいのは、鳥ウイルスから一部であれヒト化に踏み出したウイルス株が感染者から確認されたという点と、まだ鳥ウイルスの性質を引きずっているウイルス株も感染者から確認されたという2点だ。後者は、鳥からヒトへの直接的な感染を想定させるものであり、前者はヒト感染後の変異の可能性、もしくはブタなどの哺乳類の介在を示唆するものとなる。

 現状は、ヒトからヒトへ容易に感染が広がるような状況にはない。しかし、最初の感染者が確認されてから1カ月も経つというのに、いまだに感染源、感染経路がはっきりしていないという点が気がかりだ。中国からの情報の中には、家禽との接触歴があったのは感染者の60%という報告がある。これだけを見れば、家禽類が感染源である可能性は高いわけだが、残りの40%は感染源が不明なままである点を忘れてはなるまい。

 なお、中国農業省が4月26日に発表したモニタリング調査によると、豚と畜場や養豚場ではH7N9型ウイルスは検出されていない。だからといって、直ちにブタ感染源説が否定されるものではない。家禽類に集中するあまり、ほかの可能性を視野に入れなくなるという事態は避けたいものだ。いずれにせよ、1日も早い感染源の特定が待たれる。

■参考文献
鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応(国立感染症研究所)
Human infections with the emerging avian infl uenza A H7N9 virus from wet market poultry: clinical analysis and characterisation of viral genome.The Lancet, Early Online Publication, 25 April 2013 doi:10.1016/S0140-6736(13)60903-4