前回、H7N9型鳥インフルエンザの臨床像を中国の一般報道から読み取り紹介した。当面は正確な情報の発表なく、症例報告の国際ジャーナルへの投稿が許されるのはもう少し先を想定していたが、思ったより早く公表された。SARSが発生した2003年のときには、こういうことはなく、軍病院医師がTIMES誌へ内部告発的な投稿を行ったのが進展の始まりだったことを考えると、大きな進歩だ。

 さて、その内容を紐解いてみよう。

 報告されたのは52歳無職女性例で、これは筆者が前回紹介した27歳男性例とは異なる。

* 3月27日(第1病日)
 悪寒と発熱40.6度で発症。他の症状はみられず。服薬せず。
* 3月28日(第2病日)
 救急受診。聴診にて呼吸音粗であったがラ音なし。検査所見は白血球5300(好中球72%)、CRP26.8で抗生剤投与をして帰されている。
* 3月29日(第3病日)
 胸部X線施行、右下肺野に斑状陰影。抗生剤の経静脈的投与が3日間行われている。咳や呼吸困難は認められず。
* 4月2日(第7病日)
 咳、呼吸困難の症状が急速に悪化し、復旦大学病院救急部を受診。重度の低酸素(pH 7.54,PaCO2 4.33 kPa, PaO2 3.66 kPa, and saturation of oxygen 61.3%)。CTでは両側にびまん性陰影と胸水貯留を認めた。白血球3290(好中球92%リンパ球5.5%、血小板15.5万)、CPK上昇、PT延長、電解質異常。この時点においてARDSともなう重症インフルエンザを疑われ、気管内挿管・人工呼吸器開始。ステロイド投与(methylprednisolone 40 mg)投与。
* 4月3日(第8病日)
 抗生剤・免疫グロブリン・ステロイド継続するも状態悪化しARDSで死亡。
* 4月4日咽頭スワブが中国CDCに送られ、鳥インフルエンザH7N9型ウイルスの感染が確定。他の合併なし(respiratory syncytial virus, influenza B virus, human metapneumovirus, cytomegalovirus, herpes simplex virus 2, human immunodeficiency virus, and severe acute respiratory syndrome coronavirus [SARS-CoV]はすべて陰性)。
* このケースでは鶏接触歴なく、感染経路不明。最も考えられるのは、環境から、あるいは食物を通しての感染であろうと考察。
* 濃厚接触者は、夫が38度の発熱があったものの陰性。


 以上がかいつまんだ内容だ。やはり発症から1週間の非常に急速な経過でARDSを呈し亡くなっている。

 さらにもうひとつ、前回紹介したケースと突き合わせてみると浮き上がってくるのが、初期診断の難しさだ。いずれもインフルエンザとは認識されずに生理的食塩水の点滴や抗生剤の投与をされているうちに最初の48時間が過ぎてしまっている。後述のNEJM報告でも、発症から抗インフル薬投与まで7〜8日間の時間を要している。初診で診察室に現れたとき、どう疑って診断をすすめるべきか非常に悩ましい。検査キットもまだ無い現状で、ある程度過剰なまで抗インフルエンザ薬の投与ということも致し方ないのかもしれない。

 なお、これとは別に上海の87歳男性例、27歳男性例、35歳女性例をまとめたものがNEJMに投稿されている。この時期に世界的な雑誌に報告が載るというのは、2003年SARSの現場を経験した筆者にとって隔世の感、びっくり仰天したというのが偽らざる実感だ。こういうことが当局のおとがめなしに表に出てくる進歩は大としたい。

Emerging Microbe&infectionsに掲載された論文。A fatal case caused by novel H7N9 avian influenza A virus in China

■参考文献
・Emerging Microbe&infections
A fatal case caused by novel H7N9 avian influenza A virus in China
・NEJM
Human Infection with a Novel Avian-Origin Influenza A (H7N9) Virus

■訂正
 4月17日に以下の訂正を行いました。
 9行目の「咽頭痛と発熱で発症」を「悪寒と発熱40.6度で発症」に、11行目の「白血球5800、CRP26.8」を「白血球5300(好中球72%)、CRP26.8」に、20行目の「血小板15万」を「血小板15.5万」に修正しました。


過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(関西福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けている。最近はツイッター(http://twitter.com/tabibito12)でも情報発信に取り組んでいる。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。



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