毎日のように新たな感染者が積み上がる鳥インフルエンザH7N9型ウイルスのヒト感染であるが、今回は感染者の社会的属性に着目してみた。

 日本なら少々考えにくいことだが、中国では感染者のファミリーネームと職業まで公表されている。その公開情報に基づけば、感染者の属性は、食肉業の被雇用者、鉄工所の被雇用者、年金生活者、失業者1)となる。

 上海でも同様なのだ。中国での貧富の格差の激しさはよく知られたところであり、先ごろ発表されたジニ係数は0.474である2)(この数字でも小さすぎる、実態はもっともっと大きい0.6ぐらいあるのではと中国版ツイッターで批判多いが、この公式発表数字でも十分警戒ラインだ。ちなみに日本のジニ係数は0.336)。中国で生活すると否応なく目に飛び込んでくる現実だが、二極分化した層のあいだに交流はほぼない。住むところも別なら職場、子供の学校、買い物する場所、食べにいくところ、遊びにいくところ、乗物など、どこにもクロスするところがないのだ。

 今回感染者となっている階層は、症状発生時の認識・知識レベルにも懸念すべきものがある。上海での死亡患者が働いていた市場で取材した毎日新聞記者は「鳥インフルエンザなんて名前を聞いたこともない。風邪をひいて死ぬなんてよくあることだ。心配なんかするわけがない」という信じられないコメントを引き出している3)。さらに、これらの層は医療機関に受診してもわれわれの想定外の扱いを受ける可能性もある。たとえば上海第五人民病院での死亡例では、最初の2日間、生理的食塩水の点滴だけで帰宅させられている4)。この前提で今後の予想を立ててみる。

1.足元の上海での感染拡大
 今回のウイルスが、懸念されているヒト感染能が獲得していれば、住居や市場などの高密度地域での拡大が認められるだろう。上海の下町では、軒を接するように集合住宅が並んでいる。農村部から出稼ぎにきた民工の姿は地下鉄やビル工事現場に隣接する飯場で目にすることができるが、プレハブ造りの建物から出てくる大人数の労働者の姿は、建物の中が高密度になっていることを示している。

 ただし、上海市当局は非常事態体制に入っている。彼ら当局が本気になれば人権に抵触することも躊躇することなく対策を推し進める。強権的な公衆衛生施策により拡大はある程度スピードダウンしていくのだろう。

2.地理的な拡大
 人の流れを見るひとつの指標は、高速鉄道が通っていることだ(現在感染者になっている階層が高速鉄道に乗るかどうかは別にして、人の流れの指標にはなる)。上海発の代表的路線は上海→南京と上海→杭州。現在すでに、これらの終着駅、南京と浙江省では感染が報じられている。ウォッチすべきはその途中駅で、蘇州や無錫といった大都市が並んでいる。

 さらに今回、高速鉄道沿線以外の拡大予想先を、中国鉄路の時刻表をツールにあたってみた。中国の鉄道運賃は列車種別によって格差が大きく、庶民用の普快や快速の硬座(日本の普通車に相当)と高速鉄道のビジネスクラス(日本のグリーン車のその上のクラス)では、何倍も違ってくる。庶民用の硬座車の車内は2+3の5列がボックス席でぎっしり並んでおり1両に118人も詰め込まれる構造になっている(YZ25型客車。ちなみにJRの長距離用電車は70人強)。飛沫感染も容赦なく成立する環境だ。

 上海駅発の列車時刻表にソートをかけて、普快(最も安い列車)・快速(次に安い列車)の行先を検索すると出てくるのは以下の地名だ。

普快:阜新・杭州・チチハル・北京・福州・南京・通遼
快速:石家荘、武昌、安陽、南陽、貴陽、重慶、成都、金華西、南昌、九江、厦門、銀川、長沙、杯化、漢口、鄭州、福州、昆明、丹東、龍名、深圳、図門、宣昌、井岡山、太原、西寧、平頂山、信陽、貴陽、海口、長春、広州、南寧、延安、ハルピン、洛陽、温州、杯化、芦潮港、阜陽、豪州、江山、黄山、徐州、寧波

 これらをじっと眺めると見えてくるのは、(1)四川省方面行きが割と多い(省都の成都のみならず、重慶も四川省方面と見なして)、(2)北方面行きが割と多い(遼寧省や黒竜江省など)という点だ。

 これらに、新興感染症の“お約束”みたいに名前が挙がる南部の広州・香港あたりを加えた地域が流行予想地域となるのではなかろうか。

3.軍・警察での拡大
 2003年のSARS禍で大きな役割を果たしたのが、兵舎や警察宿舎など二段ベッドが並んでいる密接居住環境での感染拡大だった。現在の感染層との接触機会は豊富にあり、いったん持ち込まれると拡大の温床として、今回も10年前同様の役割を果たすであろうことは想像に難くない。量的な効率性において、これは本当に怖い。

 この稿を執筆中の今も、濃厚接触者1名に発熱との杭州日報記事の情報が入ってきた。ヒト‐ヒト感染能の獲得如何によっては、こういった展開を本当に心配せねばならなくなって来るが、そういう事にならない事を願いたい。

■参考情報
(1)Statement From Jiangsu Province Health Department On H7N9
(2)中国ジニ係数公表の波紋
(3)鳥インフル:中国当局、厳戒態勢…上海の市民生活は平穏
(4)China reports nine bird flu cases amid allegations of cover up on social media


過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(関西福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けている。最近はツイッター(http://twitter.com/tabibito12)でも情報発信に取り組んでいる。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。



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