パンデミック(世界的大流行)を引き起こすような未知の感染症が発生した場合、国民全員に対する予防策という意味ではパンデミックワクチンが最も有力な武器となる。パンデミックを引き起こすようなインフルエンザウイルスではもちろん、かつて発生したSARSのような未知の感染症であっても変わらないはずだ。ただし、発生から接種そしてワクチン効果が現れるまでのタイムラグという課題は、常について回る。特措法には、このタイムラグの解消策がどこまで盛り込まれたのだろうか――。

 いわゆる新型インフルエンザが発生した場合、かつては、国民全員分のワクチンを製造するのに「1年半程度」は必要と説明されてきた。「1年半程度」もかかるのでは、第一波にはパンデミックワクチンは間に合わないとの指摘も少なくなかったのだ。

 2009年にパンデミックを引き起こしたH1N1pdm09の際は、メキシコで発生が確認されてから半年後には、医療従事者に対する接種が始まった。11月からはハイリスクであった妊婦あるいは基礎疾患のある人への接種がスタート。年末からは幼児、小学生、さらに年明けぐらいからは中学生、高校生への接種が行われた。2月後半からは高齢者への接種も実施された(図1)。ざっとみて、発生から1年以内には、優先接種対象者以外の一般市民に対しても接種が可能となっていたといっていいのだろう。もちろん様々な課題があったのも事実だが・・・。

図1 H1N1pdm09が発生した2009年のパンデミック時のワクチン接種を巡る動き(棒グラフはインフルエンザ定点当たりの届出数)[クリックで拡大]

 もう少し、当時の経過を振り返っておきたい。図1にまとめたように、4月23日にメキシコで新型インフルエンザ発生が確認された4日後の4月27日には、厚生労働省が国内のインフルエンザワクチン製造販売業者に生産体制の準備を依頼していた。

 その後、国立感染症研究所が5月末以降、オーストラリアや米国等からワクチン製造候補株を入手。6月9日には、国立感染症研究所から国内メーカーに対してワクチン製造候補株が提供された。国立感染症研究所の機能拡充の必要性が言われて久しいが、この事実を見ても、専門機関としての役割を十分に果たしたといえるのではないかと思う。

 一方当時の政府だが、6月19日にはワクチン製造方針を決定。7月中旬以降、製造を開始することを確認していた。6月26日には、年末までに2540万人分(1mLバイアル、1人2回接種前提)が製造できるとの見通しとなった。ただし、当初想定されていた優先接種対象者は約5300万人であり、国内メーカーで不足する分をどうやって確保するかが問題となった。当時の厚労相は7月10日に、不足分を輸入ワクチンでまかないたいとする見解を示していた。

 その後、製造方法によって製造推定量に違いがあること(1mLバイアルで約2200万人分、10mLバイアルで約3000万人分など)のほか、1人1回接種で足りるのか2回接種が必須なのか、個別接種か集団接種かなどと様々な要因が重なりあって、実際のパンデミックワクチン接種までには紆余曲折があったのも事実だ。

 こうしたH1N1pdm09の際の教訓を踏まえ、内閣官房の新型インフルエンザ等対策有識者会議がまとめた「中間とりまとめ」(2月7日)には、タイムラグ解消へ向けた具体策が盛り込まれた。

 その最たるものが、10mLバイアル製造を優先することと、集団接種を基本にすることだ。集団接種に当たっては、要員確保が決め手となるとし、地域医師会などの協力を得ることを明記している。要請して確保できない事態となれば、「指示」を出して、強制的に確保する手立ても盛り込んだ。

 また、市町村に対しては、集団接種を効率よく実施できるよう、保健所や保健センター、学校などの公的施設あるいは協力医療機関への委託などで接種会場を確保することも求めている。市町村にとっては、平時からの取り組みが欠かせないことになる。

 このほかワクチン生産ラインの整備のほか、細胞培養法などを始めとする新しいワクチン製造法の研究開発にも取り組むとしている。また、ワクチン効果を高める目的で、経鼻粘膜ワクチンのような新しい投与方法の研究開発も進めることも明記されている。

 条件整備という面では、パンデミックワクチン接種対象者の優先順位をあらかじめ議論しておくことも示された。特定接種対象者については前回紹介したが、一般国民に対する接種においても、優先順位についての考え方を整理した。これは、政府の決定プロセスの迅速化を図ることを目的としている。


優先接種、3つの考え方と7つのパターンに集約

 一般住民の優先接種対象者は、(1)医学的ハイリスク者(呼吸器疾患、心臓血管系疾患を有する者等、発症することにより重症化するリスクが高いと考えられる者。基礎疾患を有する者や妊婦)、(2)小児(1歳未満の小児の保護者および身体的な理由により予防接種が受けられない小児の保護者を含む)、(3)成人・若年者、(4)高齢者(65歳以上)に分類された。

 その上で、3つの考え方を示し、7パターンの優先順位をまとめている(表1)。どのパターンになるかは、実際にパンデミックを起こす新たな感染症が発生して、その病原体の性状がある程度明らかになった段階で決めるという段取りになる。

表1 パンデミックワクチン接種対象者の優先順位(一般国民の場合)

【考え方_1】 重症化、死亡を可能な限り抑えることに重点を置いた考え方

・成人・若年者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合
(医学的ハイリスク者>成人・若年者>小児>高齢者の順で重症化しやすいと仮定)
①医学的ハイリスク者 ②成人・若年者 ③小児 ④高齢者

・高齢者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合 (医学的ハイリスク者>高齢者>小児>成人・若年者の順で重症化しやすいと仮定)
①医学的ハイリスク者 ②高齢者 ③小児 ④成人・若年者

・小児に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合
(医学的ハイリスク者>小児>高齢者>成人・若年者の順で重症化しやすいと仮定)
①医学的ハイリスク者 ②小児 ③高齢者 ④成人・若年者

【考え方_2】 わが国の将来を守ることに重点を置いた考え方

・成人・若年者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合
(医学的ハイリスク者>成人・若年者>高齢者の順で重症化しやすいと仮定)
①小児 ②医学的ハイリスク者 ③成人・若年者 ④高齢者
・高齢者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合
(医学的ハイリスク者>高齢者>成人・若年者の順で重症化しやすいと仮定)
①小児 ②医学的ハイリスク者 ③高齢者 ④成人・若年者

【考え方_3】 重症化、死亡を可能な限り抑えることに重点を置きつつ、併せてわが国の将来を守ることにも重点を置く考え方

・成人・若年者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合
(成人・若年者>高齢者の順で重症化しやすいと仮定)
①医学的ハイリスク者 ②小児 ③成人・若年者 ④高齢者

・高齢者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合
(高齢者>成人・若年者の順で重症化しやすいと仮定)
①医学的ハイリスク者 ②小児 ③高齢者 ④成人・若年者



 特措法の施行にあたっては、パンデミックワクチンの重要性もさることながら、接種には優先順位があることと、さらには、なぜこのような優先順位なのかについても、国民的な理解と納得が必要となる。このことは、今回取り上げたタイムラグ解消の大きな下支えとなるに違いない。

 次回は、抗インフルエンザ薬による治療を始めとする医療対応についてみたいと思う。