新型インフルエンザ等対策有識者会議がまとめた「中間とりまとめ」は、新たに策定する政府の行動計画や各種ガイドラインの下地になるものだ。そこで、現行の「新型インフルエンザ対策行動計画」(2011年9月20日改定)、さらに厚生労働省の新型インフルエンザ専門家会議がまとめた新型インフルエンザ対策ガイドラインの見直しの意見書(2012年1月31日)と見比べてみた。まず気づくことは、鳥インフルエンザウイルス(H5N1亜型)をもとに製造したプレパンデミックワクチンの役割が変わったことだ。中間まとめでは、H5N1プレパンデミックワクチンの「事前接種」は盛り込まれなかった。

 インフルエンザワクチンは、インフルエンザという感染症においてターゲット特異的な対策の柱となる。パンデミック(世界的な大流行)を引き起こすインフルエンザウイルスが発生した場合には、プレパンデミックワクチンとパンデミックワクチンの2種類のワクチンで対抗するというのが基本にある。

 では、プレパンデミックワクチンとパンデミックワクチンは、どこが違うのか。

 新型インフルエンザ対策閣僚会議がまとめた新型インフルエンザ対策行動計画(2011年9月20日)には、次の記述がある。

「新型インフルエンザ発生後にパンデミックワクチンが供給されるまでの間は、国民の生命を守り、最低限の生活を維持する観点から、医療従事者や社会機能の維持に関わる者に対し、プレパンデミックワクチンの接種を行うことが重要であり、プレパンデミックワクチン原液の製造・備蓄(一部は製剤化)を進めることにする」。


 まずパンデミックワクチンは、パンデミックを引き起こすインフルエンザウイルスの発生後に、そのウイルスをもとに製造されるものだ。接種は全国民を対象としている。

 一方のプレパンデミックワクチンは、パンデミックを引き起こすインフルエンザウイルスが発生する前に、鳥インフルエンザウイルスをもとに作成される。接種は、医療従事者や社会機能の維持に関わる人となっている。

 発生前に製造するプレパンデミックワクチンは、パンデミック化する可能性の高いウイルス株を想定し、それをもとに作ることになる。現在、わが国が備蓄しているのは、鳥インフルエンザH5N1亜型ウイルスの株を使っている。2012年12月時点で、約2000万人分(ベトナム株/インドネシア株とアンフィ株、それぞれ1000万人分)を備蓄している。2012年度にはチンハイ株も約1000万人分を備蓄する予定だ。

 ここで問題になるのが、パンデミックを引き起こすインフルエンザウイルスがH5N1亜型以外だった場合、H5N1プレパンデミックワクチンの有効性は期待できない点だ。2009年にパンデミックを引き起こしたH1N1pdm09ウイルスが確認された際には、H5N1プレパンデミックワクチンの接種は行われなかったのである。

 また、たとえH5N1亜型がパンデミック・インフルエンザウイルスとなった場合でも、パンデミック化したウイルスがワクチン株と異なっている可能性があり、プレパンデミックワクチンの有効性はそれだけ不確かになる。

 そんな不確実性を内包したプレパンデミックワクチンであることを認識しつつ、先の新型インフルエンザ対策行動計画(2011年9月20日)には、以下のように書かれていたのである。

「新型インフルエンザの発生前にプレパンデミックワクチンを接種すること(=事前接種)により、発生後にも一定程度の免疫効果が期待できることから、プレパンデミックワクチンの有効性・安全性に関する研究を推進し、事前接種のリスクとベネフィットを十分考慮しつつ、事前接種の実施についても検討する」。


 この部分に出てくる「事前接種」というキーワードが、今回の「中間とりまとめ」には見当たらないのである。

 そもそも事前接種については、特措法(2012年5月11日公布)と政府行動計画(2011年9月20日)、さらには新型インフルエンザ対策ガイドラインの見直し意見書(2012年1月31日)との間で、方向性が異なっていた。特措法では未発生期にワクチンを接種する事前接種は想定しておらず、一方、政府行動計画とガイドラインの見直し意見書では「事前接種の実施を検討する」となっていたのである。特措法の施行に向けて、事前接種がどのように扱われるのかは注目点の1つだった。

 ではなぜ事前接種は、「中間とりまとめ」に盛り込まれなかったのか――。

 背景には、鳥インフルエンザウイルス(H5N1亜型)がヒトの間でパンデミックを引き起こす可能性が、他の亜型と同列に捉えられるようになった現実がある。つまり、次に発生するパンデミック・インフルエンザウイルスの亜型が不明である以上、H5N1をターゲットにしたプレパンデミックワクチンを発生前に接種する蓋然性がないわけだ。

 また、未発生期のH5N1ワクチン使用に関するWHOの勧告も、事前接種が見送られた根拠となっている。WHOは2009年6月の疫学週報で、「パンデミックを起こす可能性があるH5N1ウイルス感染に対し免疫を獲得するために、社会機能維持者や一般市民に対して、未だ発生していない段階で、H5N1インフルエンザワクチンの接種を推奨したり、接種可能な状態にしておくことを提案するのに十分なエビデンスは、まだそろっていない」との見解を示している。

 厚生労働省も、新型インフルエンザ等対策有識者会議(事務局:内閣官房)に対し、「WHOの勧告に従うのが適当」(以下)とする見解を提出している。

【厚生労働省としてのスタンス】
○ 事前接種の効果は、接種したワクチン株による新型インフルエンザが発生した場合に得られるものであり、H5N1による新型インフルエンザが発生しない場合、副反応のみが生じることになる。いつ、どのCladeの新型インフルエンザが発生するかの予測が困難な現時点においては、慎重に検討すべき事項であり、WHOの勧告に従うのが適当と考えている。
○ しかしながら、ワクチンの運用方法、安全性等を検討することは重要であり、プレパンデミックワクチンに関する研究を継続していく方針。


 新型インフルエンザ等対策有識者会議に設置された医療・公衆衛生に関する分科会の議事録(参考文献)を読み返すと、プレパンデミックワクチンについては、事前接種以外にも様々な課題があることが浮かび上がってくる。

 その1つが、備蓄ワクチンの製剤化から、実際の接種、さらにワクチン効果が期待できるまでに、タイムラグがあるという点だ。仮にH5N1亜型がヒトの間でパンデミックを引き起こすウイルスとして確認された場合、原液として備蓄しているH5N1プレパンデミックワクチンを製剤化し、それを接種して期待できる効果が現れるまでには3カ月ほどかかるとみられている。つまりこの間、検疫などの水際対策に従事する人や医療従事者らは、ワクチン以外の予防対策を徹底した上で業務に携わることになる。

 この3カ月というタイムラグを短縮する目的で、政府行動計画(2011年9月20日)、新型インフルエンザ対策ガイドラインの見直し意見書(2012年1月31日)では、備蓄ワクチン(H5N1亜型)の一部を製剤化する方針が示されていた(2012年度には原液備蓄株の1株当たり54万人分)。製剤化して保存しておくことで、原液から製剤化までにかかるとみられる2カ月というタイムラグが解消される見込みだ。この方針は「中間まとめ」にも盛り込まれている。

 今後議論を呼びそうなのは、プレパンデミックワクチンと抗インフルエンザ薬の予防投与(曝露後予防投与)との役割分担だろう。プレパンデミックワクチンはH5N1亜型をターゲットにした限定的な対策となるが、タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザ薬の予防投与(曝露後予防投与)は、耐性ウイルスの出現でない限り、幅広い亜型に向けた対策となりうる。製剤化でも残る1カ月というタイムラグを埋めるのは、抗インフルエンザ薬の予防投与(曝露後予防投与)の役割が重要になる。

 結局のところ、新たなパンデミック・インフルエンザウイルスが確認された際に真っ先に確認すべきは、H5N1亜型なのかどうかと抗インフルエンザ薬が効果があるかどうか、の2点となるのだろう。その結果次第で、実行できる対策も大きく変わってくるに違いない。

 次回は、抗インフルエンザ薬あるいはパンデミックワクチンの位置づけについてみていきたい。

■参考文献
新型インフルエンザ等対策有識者会議に設置された医療・公衆衛生に関する分科会の議事録(プレパンデミックについての議論が行われた第3回の議事録)