新型インフルエンザ等対策特別措置法の施行に向け、ガイドラインなどの細目の肉付けが進んでいる。これに対して、北海道大学大学院獣医学研究科特任教授兼人獣共通感染症リサーチセンター統括の喜田宏氏(写真)は、「特措法の前にすべきことがある」とし、季節性インフルエンザ対策こそが基本と訴え続けている。喜田氏らの研究成果を振り返りつつ、「特措法の前にすべきこと」の真意を聞いた。

―― 先生は、季節性インフルエンザ対策こそがパンデミック対策の基本である、と訴え続けておられます。最近も日本記者クラブで開かれた研究会で、持論を展開されていました。

喜田 2012年に新型インフルエンザ等対策特別措置法が成立し、今年の春の施行に向けて具体策の検討が進んでいるようですが、私は、特措法の前にすべきことがあると思っています。

―― 特措法は誤解の上に成り立っているとも指摘されていますが、そもそもインフルエンザについてどこまで明らかになっているのでしょうか。

喜田 われわれはインフルエンザウイルスの生態について研究してきました。インフルエンザウイルスの自然宿主は、カモなどの水禽です。これまでに、カモは、すべての亜型(H1-16、N1-9)のA型インフルエンザウイルスの感染に感受性があること、ウイルスはカモの腸管で増殖し、糞便とともに排泄されること、カモが夏期に営巣する北方の湖沼の水の中に活性ウイルスが見つかること、さらに湖沼中のウイルスは冬期に凍結保存されること、などを明らかにしてきました。

―― 亜型(H1-16、N1-9)というのは、何を示しているのでしょうか。

喜田 A型インフルエンザウイルスはヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2つの糖蛋白質の抗原性によって、それぞれH1〜H16とN1〜N9の亜型に分類されます。つまり16×9で144亜型の組み合わせのウイルスが自然界に存在するわけです。

―― 先生は機会あるごとに「用語の間違い」も指摘してこられました。

喜田 沢山あります。例えば、インフルエンザは、インフルエンザウイルスに感染して起こる病気の名です。ウイルスのことをインフルエンザと呼ぶと、大きな誤解を招きます。

―― 確かに安易に用語を使う面は否めません。

喜田 あとインフルエンザA型と、H1あるいはH3亜型という呼び方がありますが、これらが混同して使われています。正しくは、A型というのはウイルスの分類上の属名であり、H5N1、H3N2、H1N1は亜型の名称です。

―― 「新型インフルエンザ」は間違いとも。

喜田 ヒトに新亜型のウイルスがインフルエンザの流行を起こしたときの呼称を、新型インフルエンザウイルスといっていましたが、これはパンデミックインフルエンザの誤訳なのです。もちろん、“新型インフルエンザ”なんて病気はありません。インフルエンザに新型も旧型もないのです。

―― 鳥インフルエンザ、あるいはブタインフルエンザという呼び方もあります。

喜田 これらは家禽と野鳥、あるいはブタのインフルエンザウイルス感染症のことです。ヒトの病名でもなければ、ウイルス名でもありません。

―― 高病原性ウイルスという表記も見られます。

喜田 高病原性鳥インフルエンザウイルスが正しいのです。世界動物衛生機関(OIE)の定義では、8羽のニワトリの静脈内に接種し6羽以上を死亡させるウイルスのことを、ニワトリに対して高病原性鳥インフルエンザウイルスと呼ぶことになっています。どの宿主に対する病原性かを特定しないと意味がありません。高病原性ウイルスはこの世に存在しないのです。

―― あと毒性という表現も議論になりました。

喜田 「“毒性の強い”インフルエンザ」などの表現が頻用されています。インフルエンザウイルスは毒素ではないので、“毒性”はいけません。せめて病原性というべきです。そして、病原性は、ウイルスの性質であって、インフルエンザは、ウイルス感染の結果の病気です。

パンデミックウイルスの出現にはブタの役割が重要

―― インフルエンザウイルスにとって、カモなどの水禽類が自然宿主であるとのことでした。それがどういう経路をたどってヒトにやってくるのでしょうか。

喜田 ブタがとても重要な役割を果たしています。われわれは、1968年にパンデミックを起こしたH3N2亜型ウイルスは、ブタ由来であったことを明らかにしました。ブタは、いずれのHA亜型の鳥インフルエンザウイルスにも呼吸器感染します。ブタの呼吸器上皮細胞に鳥のウイルスと哺乳動物のウイルスが同時に感染すると、この両者の遺伝子分節再集合ウイルスが高頻度に生ずることを実験で証明しました。

―― 先生方は、鳥インフルエンザウイルスがブタに感染すると、SAα2,6Galレセプターを認識するウイルスが選択されてくることを報告しています(第60回日本ウイルス学会学術集会、参考記事)。

喜田 カモから分離されたA/duck/Hokkaido/5/77(H3N2)インフルエンザウイルスをブタに経鼻接種し、ブタからブタに継代したところ、3代目でヒト型レセプター(SAα2,6Gal)特異性のHAを持つ子孫ウイルスが優勢になることが分かりました。つまり、鳥由来インフルエンザウイルスがブタで感染を繰り返すと、ヒトにパンデミックを起こし得るウイルスが優勢になるということです。

―― ブタに着目したサーベイランスがとても重要になりますね。

喜田 ブタインフルエンザのサーベイランスは、パンデミックウイルスの出現に備える要です。

―― 特措法は鳥インフルエンザウイルスのH5N1亜型に焦点を当てているように見受けられます。

喜田 ブタを介して出現してくると考えられるのは、H5N1亜型に限りません。144亜型のウイルスのいずれも除外することはできないのです。

―― 鳥からブタ、そしてヒトへという経路を断たないといけないわけですが、先生方は、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスが家禽から渡り鳥へ逆伝播しているとし、警告を発しておられます。

喜田 カモから見つかるインフルエンザウイルスは、非病原性鳥インフルエンザウイルスが主です。つまり、カモには病原性がなく、ニワトリには感染し難いのです。しかし、アヒル、ガチョウやウズラ、シチメンチョウなどに感染して、さらにニワトリに伝播してニワトリで感染を繰り返すとニワトリの全身で激しく増殖するウイルスが選ばれて優勢になって、ほとんどのニワトリが死んでしまうということが起こっていました。その高病原性鳥インフルエンザウイルスは、ニワトリの中で伝播を繰り返していたわけですが、これがウズラ、アヒルやガチョウへ、さらにカモなどの渡り鳥へと逆伝播していることが分かったのです。これはとても重要なことで、カモなどの渡り鳥が高病原性鳥インフルエンザウイルスを世界中に運ぶ危険性が高まったことを意味します。

―― ブタと高病原性鳥インフルエンザウイルスの接触機会も増えるということでしょうか。

喜田 ブタに高病原性鳥インフルエンザウイルスが感染する機会が増えると、それだけ哺乳動物のインフルエンザウイルスとの遺伝子分節再集合体が生じる可能性も高まるわけです。さきほどお話ししたように、ブタインフルエンザのサーベイランスは、パンデミックウイルスの出現に備える要であることが、これでも分かると思います。

―― ニワトリなどに対して鳥インフルエンザワクチンを使用している国があるということでした。

喜田 中国、ベトナム、インドネシアとエジプトです。お気づきだと思いますが、これらの国々では、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルス(亜型)が常在化し、かつヒトの感染例が数多く報告されている国々です。ワクチンの濫用は、「見えないウイルスの拡散」を招くことが明白です。

いまこそ季節性インフルエンザ対策の向上を

―― パンデミックインフルエンザウイルスの起源はカモなどの水禽にあること、ブタが重要な役割を担っていること、ニワトリの間で感染を繰り返していた高病原性鳥インフルエンザウイルスが渡り鳥に逆伝播していること、ワクチンの濫用が「見えないウイルスの拡散」を招いていること、などとても重要な点を解説していただきました。最後に、インフルエンザ対策の要諦をお話ください。

喜田 まず、鳥インフルエンザウイルスを鳥の中だけで抑え込むことが大事です。対策としては、摘発・淘汰が基本となります。東南アジアなどでは生鳥市場が鳥インフルエンザウイルスの感染と伝播の場となっています。ですから、まずは生鳥市場を減らしていくことと、市場におけるインフルエンザウイルスのモニタリングが重要です。これまでブタ由来のインフルエンザウイルスがパンデミックを起こしていますから、繰り返しになりますがブタのサーベイランスがとても重要です。自然界、家禽、そしてブタとヒトのグローバルサーベイランスを徹底する必要があります。中でも最も力を入れるべきなのは、季節性インフルエンザ対策の改善・推進です。

―― 季節性インフルエンザ対策の改善のポイントは何でしょうか。

喜田 季節性インフルエンザワクチンの改良が必須です。短期目標として、ワクチンの力価を向上させる必要があります。また、有効で安全な粘膜ワクチンの開発も急ぐべきです。中長期目標としては、粘膜ワクチンの実用化を図ること、亜型間交差免疫誘導型ワクチンの開発と実用化、さらに細胞性免疫誘導型ワクチンの開発と実用化です。

―― 先生方はインフルエンザワクチン候補ウイルス株のライブラリーを構築されています。

喜田 144通りのHAとNA亜型の組み合わせのウイルスを、ワクチンおよび診断抗原製造用株として、系統保存したものです。アラスカやシベリア、モンゴルや台湾、中国、日本で自然宿主であるカモの糞便から分離した65通りの組み合わせのウイルスと、自然界で起こっている遺伝子再集合に準じて実験室で作出した79通りの組み合わせのウイルスからなります。ライブラリーには1200株余りを保存しています。現在、そのうち246株のウイルスについては、抗原性、病原性、遺伝子情報、発育卵における増殖能などを解析し、その結果をデータベースとしインターネットで公開しています。このライブライーは、季節性インフルエンザ対策の改善、ひいては今後のパンデミックインフルエンザ対策に必ず活かせると思っています。

■参考情報
研究会「新型インフルエンザ等対策特措法」 2012.12.21
・Kida et al(1980)Infect Immun;(1987; 1988)Virology;Ito et al(1995)Arch Virol
インフルエンザワクチン候補ウイルス株ライブラリー