H1N1pdm2009による犠牲者数が当初発表の1万8500人ではなく、15倍の28万4500人、さらに54万人台に乗るかもしれないという米CDCの報告(1)が論議をよんでいる。鉢巻しめなおし対策をと促す正論から、統計屋の陰謀説、そしてWHOが「本当のところ分かっていないのです」と見解を出すまで、侃侃諤諤かまびすしい。

 もともとH1N1pdmの犠牲者は少なく、大したことはなかったというのがパンデミック去った後の一般的見解ではあった。これに対して、現実はその「15倍以上!」という数字が“権威筋”からいきなり出てきたのだから、誰しも侃侃諤諤を予想するところだが、やはりそうなってきた。

 米CDCが出してきた数字はおとぎ話(fairy tale)だ! CDCの魔法使いたちがどこのウサギ小屋からこんな数字を引っ張り出してきたのか! ニセのコンピューターモデルを使って社会的詐欺をはたらいた! と刺激的な言葉を放っている論評も目立つ(2)。

 2009年のあの状況下で必ずしも確定診断されていない症例を数字に入れたことや、非専門家には理解しにくい統計的手法が批判の対象になっており、筆者としてはこの批判が妥当とは思わないが、しかし、専門家が「われわれはアルゴリズムだとか方程式だとかチャートだとか、ガタガタ言われる筋合いのないものを使ってる。俺たちを信じろ、プロなんだ(We devised algorithms, equations, and charts which no one will bother to examine or assess or judge. Trust us. We're the pros)」と思っているのだろうとの指摘は重い。統計処理が何を意味するのかを世間に対し分かりやすく説明するという責任が専門家にあることを、もっと自覚した方がいいのではなかろうか。水戸黄門の印篭のごとく「エビデンス」という言葉を発するのを控えて(エビデンスの中身を丁寧に説明するように)みれば好感度アップするのではなかろうか。

 今回の発表をきっかけに、09年当時の保健当局を冷静に批判し改善を促す論調(3)も出ている。「あの時、ワクチンはなかなか出来ず、サーベイランスは頼りなく、WHOの反応は遅く、状況は混沌としていた」などなど。これらは、将来の新たな新興感染症の折には、より有効なサーベイランスやワクチン製造・流通が行われるよう促すものだ。新型インフルエンザに対する世間の耳目が鈍りがちな“平時”には、機会をとらえて繰り返しリマインドしていくことは重要だ。

 もうひとつの“権威筋”、WHOは慎重な姿勢を崩していない(4)。スポークスパーソンFadela Chaib氏は、今回の米CDCの数字について「今のところ、われわれはこの数字がリーズナブルなものか否か言うことは出来ない」とノーコメントの構えだ。犠牲者数はさらに詳しく調査されるべきだとし、多くの国々では死因としてインフルエンザではなく、呼吸不全や呼吸器疾患とのみ記載されている。だからWHOの専門家を含め、実際の犠牲者数を明らかにすべく多くの専門家たちが様々な角度で調査中だと指摘している。

 H1N1pdmによる「本当の犠牲者数」これからさらに、様々な数字が報告されて混沌の様子を深めてゆきそうな雲行きだ。これからどんな数字が飛び出してきても、手洗い・咳エチケット・清潔の基本を確認しながら冷静に向きあいたいものだ。

■参考資料
1)H1N1pdm09の全世界の推定死亡数、発生から1年間で28万人規模
2)CDC's revised swine flu death estimates a fairy tale scare story(Natural News.com)
3)It's time to prepare for next pandemic(PilotOnline.com)
4)Global death toll from H1N1 flu pandemic still unknown ? WHO(GBN)

 過去のパンデミック時とH1N1pdm2009の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮したことでしょう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(関西福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」との体験をお持ちです。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けています。最近はツイッター(http://twitter.com/tabibito12)でも情報発信に取り組むなどマルチな情報発信を継続されています。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただきます(三和護=日経メディカル別冊編集編集委員)。

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