大分県佐伯保養院の山内勇人氏

 大分県佐伯保養院の山内勇人氏。宮城県気仙沼市の避難所を活動拠点に、感染制御のリーダーとして医療支援に当たった。施設では、すでにインフルエンザが発生し、まん延を防ぐための対策が急務。しかし、抗インフルエンザ薬の予防投与は、国が示した指針が大きな足かせとなっていた。山内氏は自らの活動を振り返る中で、「緊急時にはガイドラインを踏み越える勇気も必要だった」と語った。

 今年2月に福岡で開催された日本環境感染症学会。特別シンポジウム「東日本大震災における感染制御を振り返る〜求められたこと、支援できたこと〜」に演者の1人として登壇した山内氏は、災害医療支援に参加した感染制御医師の視点から、「対策の標準化と継続性の必要性」を訴えた。

 山内氏は、前の職場である松山記念病院時代から、新型インフルエンザの発生に備え、地域を巻き込んだ感染制御網を築くことに取り組んできた。その経験を被災地でも生かすべく、日本医師会災害支援医療チームのメンバーとして医療支援活動に参加した。

 現地での活動期間は2011年3月23日から27日まで。場所は、宮城県気仙沼市だった。ケーウェィブという1500人が生活している巨大な避難所を拠点に、内科医、精神科医、さらに全体の感染症対策のリーダーとして医療支援に当たった。

 当時、避難所では、低体温症、慢性疾患増悪への対応、誤えん性肺炎予防の口腔内ケア、エコノミークラス症候群予防、廃用症候群対策などへの対応が求められていた。また、2週間に及ぶ避難生活での疲れで体調を崩す人が増えており、感冒が流行、山内氏が活動を開始した時にはインフルエンザも発生していた。

 「避難所でインフルエンザがまん延した場合には、死者も出る可能性が危惧された」と山内氏は振り返る。その上で、「緊急避難としての予防投与あるいは治療投与を医師免許をかけて、自分自身の責任において実施した」と訴えた。

 なぜ「医師免許をかけて」だったのか。

 「2011年3月22日に国立感染症研究所が発表したガイドライン“被災地におけるインフルエンザの予防対策”では、抗インフルエンザウイルス薬の予防投与は、原則的には推奨されない、とされていた」(山内氏)。

 表1に、感染研が示した「抗インフルエンザウイルス薬による治療と予防」を抜粋した。確かに「抗インフルエンザウイルス薬の予防投薬は、原則的には推奨されません」と書かれている。推奨されない理由も明確だ。また、ハイリスクの患者の場合は実施することもあるとし、予防投与が必要な場合でも限定的に使用するよう求める内容になっている。

 この感染研の見解は、「被災地では、治療薬があっても予防に使ってはいけない」(山内氏)と受け止められていたのだという。

 インフルエンザの患者が発生し一刻の猶予も許されない中、山内氏は、被災地を巡回していた東北大学感染制御チームのメンバーと議論を重ねた。その結果、東北大学チームが「状況によっては抗インフルエンザ薬の予防投与もやむなし」とする指針を出した。これを受けて、山内氏は自らの裁量で直ちに予防投与を開始した。結果的に、「推奨されない」とする国のガイドラインを踏み越えて、積極的な予防策に打って出たことになった。このときの決断が「医師免許をかけて」との言葉に集約されていたのだ。

 東北大学チームとの話し合い後、山内氏らは、(1)患者の隔離が可能な場合は隔離し、濃厚接触者、ハイリスク患者に予防投与を考慮する、(2)発症患者・家族に隣接した家族にも感染が見つかった場合、その周囲の家族にも予防投与を考慮する、の2つを感染制御の基本方針とした。その上で、インフルエンザ予防対策が遅れた場合や、患者の呼吸器症状が強かった場合には、治療量による投与をすることもあるとし、予防策に臨んだ。

表1 被災地におけるインフルエンザの予防対策について(国立感染症研究所感染症情報センター)

2.抗インフルエンザウイルス薬による治療と予防
 避難所等の集団生活施設内でインフルエンザ発病者がみられた場合には、その方の治療を最優先することが重要です。発病者を隔離することは理想的ですが、多くは困難であろうと思われますので、発病者とそれ以外の方との間隔をできるだけあけ、可能ならば間に衝立(ついたて)等を置くようにしてください。また、インフルエンザは多くの場合自然に治癒しますが、抗インフルエンザ薬(タミフル・リレンザなど)が入手できるようであれば、発症が疑われる段階で速やかに抗インフルエンザウイルス薬による治療を行ってください。
 抗インフルエンザウイルス薬の予防投薬は、原則的には推奨されません。流行期間中であれば施設内等で次々に患者が発生する可能性が高く、その状況下では予防内服が長期にわたってしまうこと、予防内服によって治療薬が枯渇することがあってはならないこと、などの理由からです。もちろん、インフルエンザの患者さんと濃厚に接触してインフルエンザウイルスに感染している可能性が高く、発病した場合に重症化する可能性が高いこと等の理由によって、医学的に必要と判断される場合に予防内服を実施することはあります。

現場の意思決定を擁護するものであってほしい

 山内氏が到着した3月22日には、避難所のケーウェイブではインフルエンザが発生していた。すでに実施されていた「発熱外来」および「感染者部屋」の整備を行った。また、今後、入れ替わるスタッフが同水準で対応できるよう、治療、隔離、隔離解除、予防投与などに関するフローチャートを作成して対策の標準化を図った(Infection Control 2011;20(6):553-559)。このほか「寝癖直しスプレー」の入れ物を利用した保湿や換気の指導、マスク着用の徹底など、感染制御の対策を指導した。

 23日から予防内服を実施したことも功を奏し、新規のインフルエンザ患者発生状況は、22日に2人、23日に5人、24日に6人、25日には0人と推移した。

 しかし、26日に、先行したインフルエンザ感染の発生場所とは違うところから、11歳の小学生が1人発生した。「子ども間での感染拡大が懸念された」(山内氏)。

 山内氏らは、表2に示したようにプレイルームを利用しての感染対策の強化を図った。その結果、27日に、26日に発症した児童といつも一緒に遊んでいる子どもが1人発症したものの、28日の新規発生者はゼロとなった。隔離中の患者の経過も順調で、咳がなければ完全解熱2日間で隔離解除とし、4月2日には隔離もゼロにできたのだという。

 現場を離れた後も、山内氏は、メールなどを活用し、継続的な支援に取り組んでいた。「継続的な支援を組めるスタッフに恵まれたことも大きい」。そう話す山内氏は、次のように訴えている。「東北大学感染制御部の柔軟な対応に感謝すると同時に、指針やガイドラインは可能な限り、現場の状況に応じた意思決定を擁護するものであってほしい」。

表2 プレイルームを利用しての感染対策の強化

(1)保母さんの協力を得て、プレイルームを利用している子供の体調チェックの強化:1日3回の検温し、疑い例の早期発見。感冒症状も合わせてチェックシート作成(体温、鼻汁・鼻閉、咳、咽頭痛の有無)。1つでもチェックが入れば、家族にも説明し、一緒に変化を見て、早期治療につなげる。
(2)常時マスク着用の徹底:皆がマスクをつけることで、発症前から究極の咳エチケットを実施。
(3)プレイルームの換気・加湿:定期的な換気と霧吹を用いての加湿。
(4)子ども達への教育啓発の継続:手洗い、アルコール製材使用方法、マスクの付け方、肘ブロックを指導し、「君達が気仙沼の大人を守る使命」を理解してもらった。