岩手医科大学感染症対策室の櫻井滋氏

 東日本大震災の発生後、いわて災害医療支援ネットワークの中に、感染制御専門班である「いわて災害時感染制御支援チーム(通称ICAT)」が生まれた。被災後の困難な状況にありながら、避難所のサーベイランスや衛生支援など様々な活動を展開した。緊急事態の中で、前例のないと言われる官民一体の組織がなぜ発足できたのか――。その理由を探った。

 生みの親の1人と言える岩手医科大学感染症対策室の櫻井滋氏は、今年2月に福岡で開催された日本環境感染症学会において、ICAT(Disaster Infection Control Assistance Team of Iwate)の活動概要を報告した。

 櫻井氏の発表から見えてきたものは、リーダーシップとプロフェッショナルの2つのキーワードだ。

 ICATの起点は、岩手医科大学附属病院の小林誠一郎氏にあった。櫻井氏によると、被災直後に小林院長が示した基本方針がICAT誕生につながった。

 基本方針は、以下の3つに集約される。

 まず、「被災地の感染実態がつかめないから、病院で待たずに現地へ」という考えだ。大震災により、感染症の定点医療機関も被災してしまった。そのため、感染制御の基本である情報収集(サーベイランス)が機能停止に陥ってしまった。情報が入らないなら現地へ取りに行けという院長の方針は、初動を誤らせない明確な判断だった。

 2つ目は、感染症と感染制御の知識を持った人による評価が必要というものだ。これは「感染症のまん延がやがて後方病院の医療を圧迫する」という認識から発せられた。

 大震災は冬に起きた。インフルエンザや感染性胃腸炎などが流行期にあり、被災地でのまん延が懸念されていた。もしも、大量の感染者が出るようなことがあれば、被災地での医療活動は麻痺してしまう。同時に、大量の患者が後方病院へ送られることになり、後方病院の負担も増大する。かつ、遠距離の医療機関に感染症患者を送るための輸送手段も必要になる。こうした最悪の事態を招かないためにも、感染制御のプロが被災地へ入ることが重要だった。

 3つ目は「医療支援とは独立して、先行調査を行う必要がある」というものだ。小林院長は「危険で困難だが、全体像を把握して予防の方策を考えてくれ」とも言ったという。同時に、病院の車両と緊急車標章の使用、燃料の確保手段の提供も約束した。

 小林院長のリーダーシップなくして、ICATの発足はありえなかったと言える。

 次はプロフェッショナルというキーワード。

 院長の基本方針を受けて、桜井氏らがまず取り組んだのは、緊急調査班の派遣だった。3月17日、感染症対策室のメンバーが岩手医科大学の医療支援班に随行し、被災地の感染症リスクの把握を開始した。3月23日には宮古地区に、25日には高田と大船渡地区、28日には大船渡と釜石地区と、大学提供の車両で避難所を回った。延べ30カ所以上の避難所を訪ね、衛生資材を配布する一方、感染対策を指導し、感染症発生状況について調査を行った。

 調査結果は「東日本大震災 支援活動中間報告書」にまとめあげられ、県の災害医療対策本部内に設置されていた「いわて災害医療支援ネットワーク」に報告され、関係者の間で情報共有が図られた。

 一方、調査の過程で、広域におよぶ被災地を支援するためには、岩手医科大学だけでは不可能という現実も浮かび上がっていた。しかし、県内には、感染制御を担う緊急展開班は組織として存在しない――。

 桜井氏らが次に取った行動は、この存在していなかった緊急展開班を誕生させることだ。

 直ちに県に対して、内陸部の県立病院に所属する感染制御担当者の協力を働きかけた。このとき説得力をもったのがさきほどの緊急調査班の調査結果。「東日本大震災 支援活動中間報告」は、避難所の衛生状況が悪化している現状を伝え、感染症のまん延を防ぐための早急の行動を求めていた。ICATの重要性を訴えるには、十分な根拠を示すものだ。

 だが、メンバーをどうするかが課題だった。 

 桜井氏は、個人のルート、つまり顔見知りの感染制御の担当者に協力を求めざるを得なかったという。しかし、この「緊急招集」に対して、11人もの有志が呼応した(写真1)。彼等は、インフェクションコントロールドクター(ICD)、感染管理認定看護師(ICN)、感染制御専門薬剤師(BCICPS)、感染制御認定臨床微生物検査技師(ICMT)という、職種こそ違うが全員、感染制御のプロフェッショナルだった。

写真1 ICATに参集したプロフェッショナルたち(櫻井氏の発表から)

 結局、大震災から1カ月足らずの4月6日、岩手県保健福祉部医療推進課が所轄となり、感染症対策室に事務局を置くICATが正式に発足した(ICATの具体的な活動内容については参考文献を参照していただきたい)。

 東日本大震災から1年。この瞬間に至ってもなお、リーダーシップとプロフェッショナルの2つのキーワードが求められる局面は、日本のいたるところに存在するに違いない。

■お知らせ
 ICATの活動を報告する市民フォーラム「災害時感染症対策のしくみを考える」が開催されます。3月10日午後2時から岩手県歯科医師会館8020プラザホールで、3月17日午後2時から一関文化センターです。

■参考文献
東日本大震災におけるICAT「避難所サーベイランスおよび避難所衛生支援」活動報告(INFECTION CONTROL 2011 vol.20.No.10)
東日本大震災を越えて地域医療の連携作りへ(岩手医科大学)
岩手医科大学報(2011.8.vol.419)