徳島大学疾患酵素学研究センター長の木戸博氏

 インフルエンザ脳症の患者の中には、5〜6時間以上の高熱持続が脳症発症の引き金となる症例が存在することが分かってきた。解明の決め手は、ミトコンドリアにある長鎖脂肪代謝酵素のCPT-IIcarnitine palmitoyl transferase II)。この酵素の遺伝子多型(F352C、V605Lなど)の人では、40度以上の高熱が数時間続くと酵素活性が急速に失活し、ミトコンドリアはエネルギー代謝異常の状態に陥ってしまう。これにより血管内皮細胞の傷害が進み、浮腫そして脳圧亢進と突き進んでいくのだ。

 エネルギー代謝という視点からインフルエンザ感染の重症化の機序解明に取り組んでいる徳島大学疾患酵素学研究センター長の木戸博氏らは、インフルエンザ脳症の患者の中には、40度以上の高熱が続くとCPT-IIの活性が極端に落ち、先天性酵素欠損症と診断される水準にまで低下してしまう患者がいることを見いだした。

 「今から10年ほど前、インフルエンザ脳症の解明に取り組み始めたころです。私の手元に、ある少女の検体が届きました。インフルエンザ脳症で亡くなった患者さんでした。ご両親のたっての希望で、解明に役立つならばと検体を提供していただいたのです。この患者さんとの出会いが解明の突破口を開いてくれたのです」(木戸氏)。

 提供された検体をもとに、エネルギー代謝に関連する様々な酵素活性を調べたところ、40度以上の発熱の前後で、活性に大きな変化がみられる酵素が見つかった。それがCPT-IIだった。

 「同一人物からの検体だったのですが、40度以上の発熱後の検体では、CPT-IIの先天性酵素欠損症との診断が出たのです。発熱前の検体では、CPT-IIの酵素活性は軽度の低下を認めたものの先天性欠損症レベルにはなかったのです」。これを機に木戸氏は、CPT-IIには熱に不安定な表現型があると考え、遺伝子多型の解析を進めていった。

 その結果、インフルエンザ脳症の病態の中心像は血管膜の透過性亢進による脳浮腫と脳圧の異常亢進であること、エネルギー源として脂肪酸を優位に利用する血管内皮細胞で乳幼児期に障害が現われやすいこと、さらに脂肪酸代謝酵素が熱に不安定な表現型になっている遺伝子多型(熱不安定性表現型)がある患者に重症化例が集中していること――などが明らかになった。

 では、なぜCPT-IIの酵素活性が低下することが脳症発症の引き金となるのか。木戸氏の解説はこうだ。

 インフルエンザに感染すると、サイトカインの産生が高まるとともにミトコンドリアのATP産生が影響を受け、もともとある糖代謝と脂肪酸代謝の2経路のうち、後者の脂肪酸代謝の依存度が増すという(図1)。この状態で、高熱の影響で脂肪代謝酵素であるCPT-IIの活性が落ちていくと、ATP産生の2経路がともに回らなくなる。結局、細胞内ATPが低下してエネルギー代謝障害の状態になってしまう。この影響は、エネルギー代謝の最も盛んな神経細胞、心筋細胞、血管内皮細胞で出始めるが、血管内皮細胞の中でもミトコンドリアが特に多い脳の血管内皮細胞で敏感に影響が現れることになる。

図1 インフルエンザ感染が影響を与えるミトコンドリアのATP産生経路(出典;木戸博ほか、実験医学28:2927-2933,2010)

 エネルギー代謝障害になると、細胞間をつないでいるタイトジャンクションの崩壊を招き、血管膜の透過性亢進による脳浮腫と脳圧の異常亢進へと発展していく。