インドネシアバリ島鳥インフルエンザヒト感染クラスタが発生し、10歳と5歳の兄弟、さらにその母親が犠牲となった事件が騒がれている。鳥インフルエンザの発生が世界最多のインドネシア、これまでも地方で拡大しては当局が“平静を呼びかけ”てみたり、複数の家族が感染したりの散発的報道はあった。が、今回は現地マスコミの騒ぎ方がちょっと違うのだ。

 10月9日、インドネシアのバリ島のTembuku Village(Bangli)で、鳥インフルエンザに感染した10歳と5歳の兄弟が、ともに犠牲になってしまうという痛ましい事件が起こり、現地紙に報じられた1)。この兄弟については、H5N1感染が確認されている。当初の発表では、両親が兄弟をなかなか受診させなかったから手遅れになったと報道されたのに対し、両親は猛反発し、病院の診断が遅れたからであると訴訟も辞さない構えを見せていた2)

 ところが数日後、兄弟の後を追うように母親までもが天国に行ってしまった。この母親は、兄弟の死亡直後に父親ともどもテレビに映っており3)、その映像からは(もちろん、子どもをなくした後だから元気そうではないものの)、呼吸器感染症に罹患しているようには見えなかった。だから、兄弟とは発症時期がずれていて、すなわち同時感染ではなさそうなわけで、すわヒト‐ヒト感染拡大かと不穏な空気になってきた。

 ただし、インドネシアでは鳥インフルエンザのヒト感染のクラスタ発生は初めてではない。それどころか、クラスタ群と非クラスタ群を比較してクラスタ群発生のリスクファクターを検討するという論文4)が書ける程度の数(この論文中ではn=26)は発生しているのだ。だが、今回は報道の様子が何か違う。

マスコミのヒートアップ

 今回の件およびその周辺で目立つのが現地マスコミ報道のヒートアップぶりだ。

 兄弟の死から報道合戦がはじまり、TVには、怒れる父親、悲しむ母親、自宅、周囲の鶏小屋、消毒薬散布、兄弟の棺、葬儀に集まる有力者と、ありとあらゆるものが映し出されていた3)

 さらに数日おいて母親が発症するに至り、火に油が注がれた。病院に患者が救急搬送されるや病院玄関に待機した報道陣が、母親を乗せたベッドを取囲んでICU入室まで付きまとい放映5)するかと思えば(点滴中のビンをひったくりぴったり伴走する記者までいた)、入院中に母親がICU脱走を試みたことが紙面に載ったりもする6)(なぜそんなことがもれて活字になるのであろうか)。母親が薬石効無く兄弟を追って天国に行ってしまったとなると、今度は墓地まで追いかけ、埋葬され遺体に土がかけられるところまで動画で世界中に発信した7)

 どうもこれまでの鳥インフル報道と様相を異にする。なぜだろうか。

 メディア学的には「子どもの死(しかも複数)」「クラスタ発生」、さらには両親が受診させるのが遅かったとする当局発表に対し病院の診断ミスだと訴訟の構えをみせる両親という「対立の構図」が出来上がり、マスコミを突き動かすキーワードが揃ったところで母親の感染死で火に油が注がれたということで、いくばくかの説明はつくかもしれない。

近畿医療福祉大学の勝田吉彰氏

 が、それでも、筆者には「?マーク」が残る。従来の家族内クラスタ発生時に比べて、現地にはこういう情報をより切実に求める“空気”があるのではないか。読者がそれを求め、マスコミを突き動かしているその背景には何があるのか・・・と。

 途上国における情報収集では、まずは発表や報道などの公開情報だが、そこに表れないものを求めて会食やパーティーや非公式接触で噂や関係筋の話を拾い集める・・というのは筆者自身、前職時代に「基本動作」としていたことだ。今回、現地マスコミをこんなにも張り切らせている深層に何があるのか、まだ記事になっていないことが出て来るのか、今後の展開に注目したい。

 なお、この国と特に交流の多いオーストラリアでは、バリ島に渡航する自国民向けに注意喚起を始めている8)。わが国でもバリ島は人気の旅行先だ。屋台で鶏料理を食べない、鳥市場に近づかないといったことをリマインドすべきであろう。

■参考 
1)Kakak Beradik Penderita Flu Burung Meninggal
2)Bali KLB Flu Burung
3)Orang Tua Penderita Flu Burung Kecewa
4)Risk Factors for Cluster Outbreaks of Avian Influenza A H5N1 Infection, Indonesia
5)2 Pasien Suspek Flu Burung Dirawat
6)Ibu Korban Flu Burung Kabur
7)Seorang Suspect Flu Burung di Bali Meninggal
8)World Travel Health Alerts – October 19, 2011

 過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(近畿医療福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けている。最近はツイッター(http://twitter.com/tabibito12)でも情報発信に取り組んでいる。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。

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